第162話 偶像14(姫川サイド)
「これだ」
通された部屋には、デスモニアの部屋と違って生活感があった。
机、酒瓶の見える棚、ベッド、テーブル。その中で目を引いたのが黒い棺。
それは少し他よりも高くなった中央に安置されている。何の模様も、装飾もない無機質な棺は眠り姫が眠っていると言われても納得してしまいそうだ。
サードニクスは棺の場所まで近づくと、蓋に手をかけてずらす。ズズッと重苦しい音を立て、最後に大きな音を立てて床に落ちる。
「確認してくれ」
サードニクスが許可を出し、警戒しながら
「これって…」
白い薔薇の花、花弁に埋まって囲まれている妙齢の女性の亡骸。
穢れがない存在。そんな考えに合わせてか衣装は白いドレスを纏っている。話によれば、死後1カ月以上は確実に経過している。
それなのに、腐敗していない。しかも、体には致命傷となったであろう傷すら見られない。何をしたのかまでは分からないが、見事に修復されている。
「てっきり、遺体は残ってないと思ったけど」
「言っただろ?俺は悪趣味じゃない」
しゃがんで、サードニクスは花弁の1つを指で摘まむ。
「彼に直接渡すべきだと思うけどね」
「殺し合うなと言われているからな」
「へぇ。意外と真面目なんだ。でもさ、何でわざわざ取っておいたの?しかも、丁寧に体を直してまで保存しておくって」
「お前、尊敬できる存在は居るか?」
「何?藪から棒に」
唐突な質問に
「そのままの意味だ。俺はこいつにそれを感じた」
手に持った白薔薇の花弁を弄びながらサードニクスは続ける。
「死に際にそいつの本性は現れる。俺が見たのは、どれもこれも例外なくクソッたればかりだった」
「まあ、言いたいことは分かるよ。ボクにも覚えがあるからね」
チラッとサードニクスの方を見ると神妙な面持ちをしている。
敵意、嘘。それらは感じられない。
「こいつは、逃げなかった。あまつさえ、あのガキを守った」
「その姿に心打たれたって?」
「つまるところは、そういうことだ」
サードニクスは立ち上がり、棺の蓋を閉める。蓋をずっと外しておくと遺体が腐ってしまうのだろう。まるで壊れ物を扱うような丁寧な手つき。
つまり、ここでこいつは余計な真似をしない。遺体に傷をつけるような行為をすることはないだろう。
切り出すなら、今。
「あの子に執着してるの、それだけじゃないよね?」
小さく息を吐き、サードニクスは
「まあ、気づくよな。あの目を見れば…」
「アンタたちと同じ色をしてた。念のために聞いておくけど、間違いはない?」
「自分たちのことを間違えると思うか?」
「よほどのおバカなら気づかないかもね」
「なら、俺はバカじゃないな」
近くに置いてあった椅子を寄せるとサードニクスはドカッと腰を下ろす。
「お前だって見ていただろ?アレを見てまともな状態だと言えるか?」
「言えないね。とてもじゃないけど」
思い出すだけで鳥肌がブワッと起きる。それだけ恐ろしかったのだと今更になって
「何が原因か分かったりする?」
「分からんな。寧ろ俺が教えて欲しいところだ」
あっけらかんとサードニクスは匙を投げる。あっさり八方塞になった。
「振出しだね。でも、これをあいつに知られるのは、何だか拙い気がする」
吸血鬼由来の物と思われる力。それも敵の精鋭にすら迫るだけの潜在能力。
こんなものがこれまで表に出てこなかったという事態が異常。
原因が何なのか、まるで不明。
そんなものを目の当たりにしたデスモニアが手元に置こうとすることだけは確実だ。
そんな事態になってしまえば、彼を連れて帰ることは叶わなくなる。加えて悪用する技術を仮に有している可能性だって皆無ではない。
絶対に隠し通さなければならない。
チラッとサードニクスの方を見る。棺を物憂げに見る横顔は形が整っていることもあってやたらと絵になる。
―殺すか。殺さないか。
頭の中に二択が浮かぶ。だが、状況はとんでもなく最悪だ。何せ、味方となる存在が誰ももいない。
一撃で仕留めることは、難しい。それが敵の援軍を呼び寄せる事態になることが分かり切っている。
ああでもない、こうでもない。考えが巡り巡って堂々巡り。答えが出ない。
「別に話しゃしないから安心しろ」
「別に何もねぇよ。俺もあの女が気に入らないってだけだ」
頬杖を突きながらサードニクスは吐き捨てるように言う。
「アンタたちも相当に荒れているみたいだね」
少し警戒心が緩まる。引きつっていた表情筋から力が抜けた。
「何人も集まればぶつかるもんだろ?」
「ま、そうだね」
短く返事をすると、
「あいつに伝えておいてくれよ。終わったら取りに来てくれってな」
「分かってるよ」
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