第161話 偶像13(姫川サイド)

 泣き疲れたのか、力を使った反動なのか九竜くりゅうは意識を失った。端の方まで運ぶと緋咲音ひさねはサードニクスの所に戻り、突き刺さっていた刀を抜いた。すぐに毒素が抜けることはないだろうが、これだけの強さを誇っているのなら耐性もある程度はあるだろう。


「これで動けるでしょ?」


 障害が無くなったサードニクスは立ち上がって傷口に手を当てるや早々に傷口を塞ぎにかかる。痛々しかった痕跡はあっという間に消滅した。


「危なかったぜ」


 パッパッとわざとらしく埃を払う仕草をする。先ほどまで死に体同然になっていたはずなのにケロッとしている姿は自分が知っている吸血鬼とは一歩も二歩も上にいる存在であると思い知る。見ていると気分が悪くなる。緋咲音ひさねが向ける視線は冷ややかだ。


「その気になったら、彼を殺すことも不可能じゃなかったんじゃないの?」


 試合を見ていた中で感じた疑問を口にする。鎧を解除しつつ、サードニクスがこっちへ顔を向ける。周りで飛び回る羽虫でも見る様な酷い目だ。よくよく考えたらお互いさまだが。


「あの不意打ちが無かったら俺の勝ちだったな」


 真剣な面持ちでサードニクスは告白をする。その謙虚な態度に緋咲音ひさねは虚を突かれた。


「意外だね。あっさり負けを認めるなんて」


「戦いは好きだが、悪趣味じゃないんでな」


 レイピアを鞘に納める。言葉通りに受け取るべきだろうかと疑問に思っていたところで読み取った吸血鬼が口を開く。


「安心しろ。何もするつもりはない」


「分かった。じゃ、ボクたちは戻るから」


 足早に戻ろうと決め、緋咲音ひさねは振り向いて九竜くりゅうの元に向かう。背負って帰れるかなと不安を感じながら歩いていたところで刺々しい気配を背後に感じて振り向く。


 ジッと見ているサードニクスと目が合った。


「何?」


 警戒心を一切解かない。証拠に眦を鋭くする。


「見せておきたいものがある」


「プレゼント?」


「見ればわかる。出来るならあいつに直接と思っていたが、あの状態では望めそうもないからな」


 居心地悪そうにサードニクスは目を逸らす。


「分かった。でも、何かしたら…」


「安心しろ。俺の趣味じゃない」


 チラッと胸元に視線が動いたのがハッキリ分かった。ガッカリしているということも。


「頼まれたところで触らせないから」


「別に頼む予定はない」


「あっそ。で?渡したいものって?」


 切り替え、緋咲音ひさねは腰に手を当ててつま先立ちになる。悔しいが、残念ながらサードニクスの頭にも背が届かない。その証拠にプルプル足が震えている。その姿が余程面白かったのかサードニクスは笑いをこらえている顔をしている。今にも噴き出しそうだ。


 正直、イラっとした。怒りのゲージがジワジワと溜まっていく。


「無理すんなよ。足元を掬われるぞ?」


「心配ご無用だよ。無鉄砲なことするほどバカじゃない。それより話は?悪いけど、ボクだって暇じゃない」


「ああ、あいつを置いてきてくれ」


「ふーん…」と訝し気な視線を向ける。その様子に嫌気がさしたのかサードニクスは頭をガシガシと掻く。


「襲われたいか?」


「嫌だよ。初めては好きな人にって主義だから」


 緋咲音ひさねの言葉をサードニクスは鼻で笑ったきり特に何も言及はせず、扉の方へ歩いていく。相手にするのも嫌になったと言わんばかりだ。


 置いていかれると面倒かと判断し、緋咲音ひさね九竜くりゅうの身柄を背負って歩き出す。


                  ♥


 寝息を立てる九竜くりゅうに布団をかける。スヤスヤと寝息を立てる姿を見ていると一安心した。感覚を研ぎ澄ませてみたところ特に異常は感知できなかった。一安心して一息つく。


 プロテクターは邪魔になるだろうから脱がせた。アンダースーツはそのままだ。流石に全部脱がせるというのは、尊厳的な問題から気が引けた。


 助けたのは、本心からやっている行為。嘘偽りのない、本心から出た行動。傷ついて、今にも死んでしまいそうな九竜くりゅうを見捨てることが出来ずに飛び出した。そのはずだ…。


 それなのに、胸が痛む。チクリと刺し、少しずつ奥に沈んでくる。


 違う。嘘を吐いている。自分が、こんな行為をしているのは、勝つため。


 抱きとめ、慰め、薄っぺらい言葉をかけておきながら今更自己嫌悪に苛まれる。

 

 ―本当に、最悪で最低。


 組織から離れても、他人を嫌っていても、骨身に染みこんだ己が役目への義務感は、消したくても消すことが出来ないらしい。


「ふぅ…」と息を吐く。今は、悩んでいるだけの時間はない。余裕はない。


「行ってくるよ」


 一声かけ、緋咲音ひさねは部屋を出る。

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