第160話 偶像12(姫川サイド)
試合を大人しく見ていた
「ほんと、最悪…」
溜息をつき、
武器はない。言い訳のしようもない事実だが、別に止めるのに武器はいらない。
「ねぇ」と
目が合って、動揺した。
赤い瞳。ルビーを思わせる鮮やかな赤い色。
それは、吸血鬼の目の色。怪物の瞳。人が持っていてはいけないもの。
進めていた足が止まる。心臓が口から飛び出てしまうほどにバクバク音を立てる。だが、ここで悟られるわけにはいかない。
―どうすればいい?
今すぐに殺すべきか。余計なことを口走る前に。
しかし、弦巻葵を向こうに縛り付けておくのなら彼は必要になる。手にかけてしまえば、何があっても彼女は手を貸してくれないだろう。
もう一度、
幾筋も涙が流れた痕跡。瞳に負けず劣らず赤く染まった瞼。
見て、まだチャンスはあると思った。話し合うことで解決できる可能性は、まだある。
怖くないわけがない。だけど、苦しくないわけもない。
「殺す殺さないは無しだって話でしょ?」
「聞こえてるんでしょ?」
もう一度声をかけるが、
「…止めないで下さい」
「止める」
禍々しい光を放つ
ぶつける場所がない、投げ出すことが出来ない数多の負の感情が寄り集まった塊。
直視して、本能が逃げだせと訴える。これまでに色々と相対してきたが、ワーストテンに入るぐらいには怖い。
殺されるかもしれない。今の彼に敵と認定されてしまえば、本当に殺されてしまうかもしれない。
「堕ちたら、戻れなくなる」
「それでも…。こいつだけは…‼」
涙で腫れて血走った目が、口元から垂れる血が狂気じみている。精神も、肉体も完全に堕ちてしまう寸前だ。このボーダーラインを超えてしまったら、二度と人間として誰も見てくれなくなる。
「殺すなら、ボクがやる」
血で所々が赤く変色した歯を軋ませ、
「邪魔するなら、アンタも殺す」
「二度も同じこと言うの好きじゃないんだけど」
「じゃあ、構うなよ‼」
掴んでいた手が振り払われる。
「アンタに…アンタだって分かるだろ⁉」
激情に任せるまま、呑まれたままの言葉が化け物の形となって口をつく。気を抜いてしまえば、呑まれる。
「分かるって言いたいけど、ボクたちがしてる仕事がなんなのか忘れた?」
「…忘れてない」
少しだけ激烈していた感情が陰る。この隙を逃すまいと
「なら、分かるでしょ?」
再び
「務めを果たす。彼女が生きてたなら、きっとそう言うよ」
ガタガタと
迷っている。人、獣。どっちを歩くのか。
チャンスは、今しかない。
「だから、離して」
この隙を逃さないために止めの言葉を口にする。
絶対に離すまいと言わんばかりに握り締めていた手が外れていく。指が一本ずつ剥がれていく。
緊張の糸が切れてしまったのか脱力して、
咄嗟に手を伸ばし、
「もう、忘れちゃダメだよ」
孤独、憎悪、後悔、その他諸々。負の感情が涙となって浄化されていく。
柄にもないことをやっているなと思いながら、
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