第159話 偶像11(九竜サイド)
何をすればいいのか、何をすべきなのか分かる。考えてもいないのに、手足がインストールされた動きを再現するかのように動く。
体が左側に動き、がら空きの首元に突きを打つ。
ズブリ。皮膚を突き破り、ネットリ。指がめり込み、肉を破る。このまま骨まであっという間に到達してしまいそう。
「グッ‼」
寸前で短くうめき声を上げ、サードニクスは後退する。傷口からは止めどなく赤い液体が流れる。手で押さえても抑えきれず指の間から零れている。
「な…にィ⁉」
驚愕に染まった目でオレを見ている。あのとき、何が起きたのか理解は出来ていたとしても、攻撃を受けることになるとは思ってもみなかったらしい。
「ちゃんと前を塞いでおけば良かったな」
「ハッ」と鼻で笑い、傷口を揉む。手を離すと裂け目は消えている。
「これで満足か?」
「全くだ。物足りない」
左足を踏み込み、一気に前へ出る。サードニクスも同じだ。だが、浮かべる目には舐め切った態度も余裕も何もない。オレのことを確実に排除すべき標的と認識したようだ。
打ち合う。打ち合って、打ち合う。斬り合って、斬り合って、斬り結ぶ。周りに痕跡を刻まない場所であるとはいえ、音と皮膚に刻まれる傷が自分たちが何をしているのか、何が起きているのか直接脳内に送り込んでくる。
「遅い」
切り返しで繰り出した水平斬りを受け、サードニクスが膝をつく。鎧は十分な防御力を持っていて普段のオレなら破れない。こんなことが出来るのは、今のオレだからだろう。内臓に到達するほどのダメージには至らなかったが、精神を乱すには十分すぎた。
「貴様ァ…‼」
怒りを目に滲ませた面をサードニクスは上げる。数分前まで浮かべていた余裕顔は見事にひっぺがせている。
格下と思っていた相手に足元を掬われ、屈辱にまみれた顔。
仇をこの手で潰せるかもしれない。
あと一歩踏み出せば、この胸の棘の一つが取れる。
それは、あの日から望んでいたこと。
「楽しませてくれるんだろ?」
「図に乗るなァ‼」
怒号を上げながらサードニクスはランスを振るう。それが止まって見える。受け止めることも難しくはない。
「踊れよ。もっと。もっと…」
ランスを掴んだまま、オレは切っ先を突き立てようと下ろす。
「踊るのはテメェだ‼」
ランスから手を離し、サードニクスは拳撃で腹部を狙ってくる。攻撃が命中するのは、同時だった。
「お前の好きにはさせねぇよ…」
拳は丹田の辺りに、切っ先はサードニクスの右胸を貫いている。
痛覚が逝ってしまったのか、全く何も感じてはいない。
切っ先を抜き、下がる。追撃はしない。それが合理的ではなく、理性的ではないことは理解が出来ている。
それでも、真っ向からこいつを殺さなければならない。
そうしなければ、オレは前に進めない。これから、戦えない。
そこまでやって、初めて
「全力で来い」
呆然とした顔を浮かべてから「フッ」とサードニクスは噴き出し、盛大に笑い声をあげる。苦悶ともいえるほどに歪んだ顔が見るに堪えないぐらいには醜い。
「言ったな?半端者?」
「言った。この口で」
足元に転がっていたランスが手元に戻る。
「二度と叩けないようにズタズタにしてやるぜ」
互いに殺意が高まりきる。
オレは霞に、サードニクスはランスを前面に振るい、直ぐに後ろへ方向転換した。すぐに攻撃をするつもりはないらしい。
「殺すなって言われたんだが…。別にいいよな?お前が言い出したんだ。消し炭になったところで後悔するなよ」
ランスからバチバチと小気味よい音が漏れてスパークする。青い光が少しずつ外見を包み込んでいく。絡み取った風を使って内側でプラズマへと昇華させたのだろう。
確かに、ダイレクトに受ければ消し炭になることは間違いない。そこからの動きが直接的に撃ちこんでくるタイプかプラズマだけを撃ち出してくるタイプか。詳細が明らかでないため何をしてくるかは分からない。
「殺せるなら」
息を吐いて、吸う。ただそれだけの、いつも通りの作業。余計なことは、必要ない。
「遠慮なくやらせてもらうぜ‼」
バチバチと心地よい音を立てる青い光。喰らったら、確実にただでは済まないことが素人目でも分かるほどに威圧的だ。
攻撃の速さは、サードニクスの方が早い。真正面から受けるのは、自殺行為でしかない。
見た目通りなら、速さは光を超える。とはいえ、見た目通りでないことは十分すぎるほどに分かっている。だから、余計な先入観は不用だ。
「食らえ‼」
見開いた目、突き出されるランス。迸る雷光が空間を突っ走る。
「食らうのは、お前だ」
背後で雷撃が炸裂した。
バチバチ。バチバチ。背後で聞こえる音を、目の端で光を捉える。
「な…にィ!?」
眼前では、サードニクスが間の抜けた声を上げて体が前に傾く。後ろには突き立った『
やったことは、実に単純だ。奴が動き出す前に動き、突きで鳩尾付近を貫いたというだけ。今のオレなら出来ないことはなかった。
体を逸らした瞬間に後ろでガシャンという重厚な音が鳴る。血振りをして、下を見る。
「この…俺が‼」
血塗れで倒れている自分の姿に理解が及ばないのかサードニクスは譫言を口にしている。怨嗟に染まった言葉からは、屈辱、不信、怒り、恨みと諸々のネガティブな感情が肌感覚で分かる。
溜飲が下がらない。気分は満たされない。感情は消えない。
あと少しなのに、満たされない。乾いて、乾いてしょうがない。
歩き、背中にオレは刃を突き立てる。
「ガッ‼」と短い悲鳴を上げる。切っ先をグリグリと動かすと手足が弱々しく跳ねる。
「待ってた。ずっと…」
涙で目が潤み、口元が歪む。フゥ…フゥ…と荒い息が漏れる。
「クハハハハ‼」
それを皮切りにオレは笑う。笑って、笑い続けて泣く。
嬉し涙なのか、僅かに残っていた良心から流れたのか、分からない。それでも、滂沱のように流れ落ちる。
―面白い。
ズタズタになっているサードニクスを嬲ることに快感を覚える。
前回とはまるで違う光景。精々追いすがることだけで一杯一杯だったあのときとは違ってオレのワンサイドゲーム。
「どういう気分だよ?え?」
サードニクスは答えない。それでも、オレは手を止めることが出来なかった。
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