第158話 偶像10(九竜サイド)

 体感で1分ほど。サードニクスの変化が完了した。前回あれほど時間が必要だったと思えないほどのスピードだ。


 ガチャンと鎧が音を立て、ガツンとランスが床を叩く。


「待ってないよな?今回は」


 優越感か、これから始まるであろう戦いへの期待か。爛々と揺らめく赤い瞳と浮かべる笑みは物騒を通り越して恐怖の象徴としか受け取れない。


 天井の光を反射する白銀の鋭角的な鎧、ドリルか前衛的なオブジェクトを思わせるランス。改めてその姿を見ていると、その攻撃的なフォルムが恐怖を植え付けてくる。傷を負っていないから纏う速度と治癒能力の密にかかわっているのかどうかは不明で、可能なら聞き出しておきたいところだが、今はそんな悠長なことを考えているだけの余裕はない。


 答えず、オレは一歩目を踏み出す。徐々に歩みは駆け足になっていく。


 サードニクスは肩を竦ませる。負けることは無いという余裕が感じられる態度。完全に舐め切っていると分かる。

 期待している、関心があると口にしていながら耳を疑う。未だに反発の姿勢を崩さないオレに対するあてつけのように見える。間違ってはいないのだろう。


 腰を落とし、ランスを突き出してサードニクスも前に出る。こちらの加速はオレよりも遥かに上で、翔けるほどに増していく。このまま走らせ続ければ音速にまで到達してしまうのではないかと思えてしまうほどだ。


 真正面からぶつかれば、確実に勝ち目がない。剣は半ばからへし折れるどころかオレの肉体ごと消し飛ぶことになるだろうことは容易に想像がつく。


 どう動くべきかと一瞬手が止まったところで、サードニクスの姿が消えた。突然の事態に虚を突かれ、オレは足を止める。これが完全に失敗だった。


「何処を見ている?」


 声が聞こえたのは、後ろ。瞬間移動と言われてしまったら納得できてしまうほどの速さ。直後に体を強烈な衝撃が襲い掛かる。肋骨が軋んで、肉が裂けてしまうと思えるほどに重い一撃だった。


「ガッ‼」惨めに声を上げて床を転がり、壊れた体内から漏れ出る唾液と血が合わさった粘つく液体が口から落ちる。触れると幸いなことに骨こそ折れていないようだったが、立ち上がろうとすると痛んだ。


「手加減してやったんだ。一撃で終わらせるのは面白くないからな」


 抑え、立ち上がろうとして膝をつく。


 息は途切れ途切れ、交じり合った液体がポタポタと床に落ちる。想像していたよりもダメージが酷い。


 ガシャン、ガシャン。


 音を立てながらサードニクスがオレに近づいてくる。肩をランスで小突かれ、尻餅をつく。


「それとも、一撃で終わらせた方が良かったか?」


 聞こえたと同時に、オレは『死不忘メメントモリ』を振るった。だが、軌道は見え見え、あっさりと受け止められる。耳障りな金属音と共に衝撃が手を通じて体を伝搬する。


「そう来なくっちゃな」


 繰り出された蹴りを避けきれず、同じ個所に攻撃を受ける。耐えきれず、オレはまた床を転がる。血が白い床を汚す。立ち上がろうとして、同じことを繰り返す。


 1人で立ち上がることは出来ず、『死不忘メメントモリ』を支えに立ち上がる。ズタボロのオレに対し、サードニクスは余裕綽々という態度を全く崩さない。わざとらしくランスを引きずりながら迫って来る。不快な音が耳を撫でる。


「…クソが」


「ふん。一丁前の台詞を吐けるほどには肝が据わったらしいな」


「殺すつもりで最初からやれよ。中途半端に手加減なんてしないでなっ‼」


 血走るほどにオレは目を見開き、サードニクスにまた刃を突き付ける。


 しかし、どれだけ息巻いたところで、啖呵を切ったところで、奇跡は起きない。神様が味方をしてくれるはずもない。


 刃は届かない。奴の顔に到達することもなく、ランスに出来た隙間に絡めとられる。蜘蛛が餌になる運命から逃れようと足掻く蝶を弄んでいるとしか思えない光景が現実となってのしかかる。


「今のお前じゃ殺されちまうって理解できないほどに愚かじゃないだろ?」


「オレはまだ死ねない。お前を殺すまで」


 オレの返しにサードニクスは一瞬呆気に取られたようで動きを止めた。


 隙を逃さず、ランスに囚われてしまった『死不忘メメントモリ』から手を離して顔面に蹴りを入れる。今取れる最善の手。


 反応が遅れたサードニクスはよろけ、ランスを持っていた側の手が緩んだ。更に『死不忘メメントモリ』を回収して斬りかかる。だが、その動きをするだけの時間さえあれば彼にとって体勢を立て直すには十分だった。


 感嘆してしまうほどの技巧で刃はサードニクスの掌に収まる。今度は、動かすことすら叶わない。


「キッチリ骨を折っておくべきだったか?」


「正解だ。人間を舐めるなよ。ただ大人しく殺されるだけで終わると思うな」


「獲物はハンターを楽しませるもんだぜ?反撃せず、幼気いたいけに足掻き、藻掻いて嬲り殺しにされないとな」


 ランスを払う。正面から打ち返され、オレはバランスを崩す。そのチャンスを逃すはずもなくサードニクスはどてっぱらに突き刺そうと迫る。


「こうやってなぁ‼」


 焦点が合っているのか疑わしい目、迫る白銀の先鋭。


 オレの命を奪いかねないモノ、傷を刻みつけるモノ。


 脅威が、恐怖が真っすぐに突き進んでいるのに、冷静だ。あまりにもクリアで頭がおかしくなってしまったのか思えた。


 ―醒まさせてやる。お前を。


 今度ははっきり、聞こえた。

 

 力が全身に行き渡り、溢れ出る。


 同じ。小紫こむらさきが果てたときと。


 ああ、来た。待っていた。


 期待していたわけではなかったと言えば、嘘になる。


 こいつを殺せるときを。チャンスを。


 しかし、今もまだ理性が飛び出そうとするオレを繋ぎ止めようとする。手を掴み、絶対にここから先には進ませまいと。


 いつものオレなら、仮面をつけたままでいられたなら、理性が踏みとどませることが出来たはず。


 誘惑に引っ張られる。こいつを殺せと。


 殺しても、いい。殺されたから。目の前で、大切な人を殺されたんだ。


 絶対に、許してはならない。許さない。


 免罪符はある。仕方がないんだっていいわけもある。


 だから…。

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