第155話 偶像7(九竜サイド)
体が揺れている。その振動が鬱陶しくて目が覚めた。ショボショボする目を擦って起き上がるとベッドの横で仁王立ちしている姫川と目が合った。普段通りに髪は整っていて包帯やガーゼは殆ど取れている。
「そろそろ時間だよ」
「あれ?そうでしたっけ?」
ガシガシと頭を掻く。思い出そうとしても思い出すことが出来ない。
「はいこれ」
姫川はズイッと白い袋を押し付けてくる。中身を確認するとこれまで使ってきたプロテクターの一式だ。よくよく確認すると傷や穴を塞いだ跡が見られる。姫川も同様だ。彼女がスーツとプロテクターを纏った姿は久しぶりに見た気がする。
「あいつが直してくれたよ」
ベッドから降りると袋をひっくり返し、アンダースーツを手に取って着替えると暗に示す。
「じゃ、外で待ってるから」
言い残すと姫川は外に出た。
♥
部屋を出て、階段を下に降りていく。カツン、カツンという硬質な音が続く。3人の音は調和することはなく、揃わない音は反響する。
壁に埋め込まれた白い石から漏れる光が神秘的な雰囲気を醸し出している。数は多くなく、光はそこまで強くはない。見たことが無いものだ。ファンタジー作品では、奥に強大なボスキャラが潜んでいるというのが定番だ。流石にそこまでメルヘンな物体は待ち受けていないだろうが。
光は魅力的で、惹きつけられる。誘蛾灯の光に魅入られる蛾の気分だ。
触ろうと手を伸ばして、姫川に止められる。
「何があるか分からないからね。『ボン‼』と爆発したら手が吹っ飛んじゃうかもしれないでしょ?」
脅しで言ったのかふざけて言っているのか分からない言葉を素面で言う。尤も手を掴む力は加減を間違えているのではないかと疑ってしまうほどに強い。恐らく後者の可能性が高いだろう。
「アンタたちって何?」
前を歩く姫川が案内人を務めるデスモニアに尋ねる。この光景を目の当たりにしたからだろう。
「私も分からないんですよね。知りたいと思っているのですが、誰も調べてくれないものですから」
「自分でやればいいんじゃない?長く生きてるんだから」
「長生きをしてると役割ばかりが増えるものですよ。仕事とストレスは増える一方、自由は相反して減っていく一方。いいことなんて全くありませんよ」
少し顔をオレたちの方に向ける。手元にあるランプから漏れ出る青い光の揺らめきが彼女をこの世ならざる者に近づけているように見える。
「そんなにアンラッキーで不満タラタラなら全部辞めちゃえば?」
嫌味たっぷり、容赦なしの毒を吐く。受けてもデスモニアはいつもと変わらずにクスリと笑みを浮かべるだけだ。
「仕事は生き甲斐ですからね。辞めたら死んじゃいますよ」
「ボクたちとしては死んでくれた方が助かるね。朗報だよ」
「私が死んだところで役目を任せることが出来る者たちは残ってますから。祈りに全力を尽くしたところで無意味ですよ」
青い光に照らされた白い顔は不気味だ。ルージュの赤だけがその中で存在感を示している。話が一段落するとデスモニアに話し手が移る。
「ところで、体は大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。心配してくれるんだ?」
「心配ですよ。友達ですからね」
「全部終わるまでの友達ごっこだって分かってる?」
「分かってますよ。君の事は嫌いじゃありませんけどね」
「ボクは嫌いだよ。嘘つきは死ぬほど嫌いだから」
「何も覚えてないとお聞きしましたがね」
「生理的に受け付けないって奴だよ。理由は分からないけど嫌いってパターンは珍しくないでしょ?」
「否定はしませんよ。私にも覚えがあります」
「じゃ、仲良くするなんて机上の空論だって理解しておいてね」
バッサリ切り捨てると姫川は黙る。全員が口を閉ざし、再び靴の刻む音だけになる。噛み合わなすぎる三重奏はノイズがないおかげでよく聞こえる。
「もうすぐ着きますよ」
デスモニアの宣言通りに白い光がオレたちを迎えた。
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