第154話 偶像6(芥子川サイド)

「どうぞ。お使いください」


 隣にパイプ椅子を持った制服の男が寄って来る。


「ありがとう」


 断ることなく芥子川けしかわは勧められるがままに腰かける。ギシッと音を立てる。弦巻も椅子に座って足を組む。


「どこから話を聞きたい?」


 頬杖を突き、柔和な笑みを浮かべる姿はこれまでに見たことが無いほどに美麗に見える。


「出奔するところから…と言いたいところだが、お前と姉の関係から聞かせてもらおうか。それから、奴を囲む吸血鬼のことを」


 芥子川けしかわの言葉を受け、弦巻は口を開く。


「姉さんとは、よく一緒に戦ったよ。来る日も、来る日も。敵を殺し続けた」


「お前の強さを考えれば得心のいく話だな」


「殺してたのは姉さんだよ。アタシじゃない」


「世辞はいらん」


「いや、事実だよ。アタシは姉さんの足下もにも及ばなかった。いつも追いつけ追い越せとひたすらに追いかけ続ける日々だった」


 懐かしむような顔で話す弦巻。まるで憧れ、恋焦がれている乙女のよう。


 対する芥子川けしかわは肝が縮み上がりそうなほどの恐怖に呑まれそうになっている。この女が足元にも及ばないと明言する存在にどのように勝利するつもりでいるのかまるで見当がつかないからだ。


「あの日、第三支部を焼き尽くした女については?」


 我ながらわざとらしい質問だ。知っていることを誤魔化すための嘘。押し付けられた仕事とはいえ、あの女と付き合いがあることを悟られるわけにはいかない。もし、知られた日には、寝首を搔かれる事態になる。人質を取っていればある程度の抑止力になりうるだろうが、人質に人員を裂くことになれば戦力の低下を招くことになる。そうなれば、ただでさえギリギリのラインで保っている均衡が崩れる。


「エウリッピのことか?」


「恐らくな」と芥子川けしかわは生返事で答える。我ながら白々しい態度だ。


「あいつとは幼馴染だよ。それにずっと長く一緒にいた戦友」


「今の敵の首魁はあいつか?」


「分からないね。誰が死んで生き残ったのか。アタシだって詳しいことを何も知らないし、聞いていない」


 これ以上の追及は無理と判断して話を切り替える。


「お前はどうして姉と離れることになった?」


「ま、それも話さないとだよね」


 力なく笑みを浮かべ、天を仰ぐ。余程話をしたくないことが伺える。


「アタシが追われることになったのは、当代の王がアタシを手籠めにしようとしたことがきっかけだ。まあ、姉さんが許すはずも無かったよ」


「クーデターとは穏やかではないな」


「そうか?成功するかどうかは別としてアタシらの世界じゃ別段珍しくない話だったぞ?」


「世も末だな」


「残念ながら娯楽に飢えてるあの世界じゃ戦うことぐらいしかやることないんだよ」


 思い出すだけで辟易していることが分かるほどに暗い顔の上半分を隠す。これから更に過激な話が飛び出してくる前兆としか見えず気分が余計に沈む。


「話を戻すぞ」と弦巻が断りを入れ、咳払いをする。だが、顔色は非常に悪い。取っている態度の1つ1つが彼女が抱いている傷を隠そうとしていることが分かる。


「クーデターは成功。当代の王は死んだ。ただ、事態はそれで終わらなかった」


「反対派がお前を担ぎ出したからか?」


「ご名答。気まぐれで残虐、奔放で超好戦的。何をしでかすか分からない王様が上に立つよりもアタシのほうがマシだと判断したんだろうね。結果的に望む望まないとにかかわらず、アタシたち姉妹は舞台に引き出された」


 そんな地獄としか形容しようがない状況に追い込まれていながら2人とも生き残っているということは、戦争になることはなかったか。或いは。


「揃って生きているということは、逃げ出したということか?」


「そういうことだ」


 長く、長く息を吐き出す。いよいよ核心に足を踏み入れるという感じだ。目を凝らして見ていると、葵の体は小刻みに震えている。


「昔馴染みたちはアタシたちが争うことを望まなかった。で、勝ち目がないアタシが死ぬのは耐えがたいってことで外に逃がしたというわけだ。それからは、ずっと戦いながら今に至る。これで満足か?」


「いや、1つだけ分からないことがある」


 話を早く切り上げようとする弦巻を捕まえる。げんなりした顔をしながらも彼女は応じて「手短に」とだけ返す。


「何故、私たちの元に来た?」


「単純に復讐だよ。尤も姉さんが生きてたから立ち消えてしまったけどね」


 憮然とした顔で弦巻は言う。


「部下たちを手塩にかけて育てていた理由もそこにあるわけだな?」


「互いに果たしたいことがあった。だから、契約を結んだ。あいつらは力が無かった。対してアタシは独りだった。それだけだよ」


「ビジネスライクな関係にしては感情移入が過ぎているな」


「生まれながらの病気だよ。別に気にしなくていい。質問は終わりか?」


「ああ。聞きたいことは聞けた」


 手を付けていたアクリル板から手を離すと芥子川けしかわは振り返った。

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