第152話 偶像4(芥子川サイド)

 弦巻葵に死刑宣告の告知をしてから1週間が経過した。今にして思えば半年以内に第三支部の壊滅を皮切りに第二支部の襲来と道を畳むが如く事態が大きく進行している。奴は今頃は大躍進に小躍りでもしているか、にやけ面を晒しながら盤上でも見ているか。そして、こちらはジリジリと追い詰められている。背水の陣を敷くことになるのも時間の問題か。


 円卓には半分ほどが席についていたのだが、この早急に解決すべき事態が山積みの状態であるのに誰も自身が当事者であると自覚が無いらしくアホ面を曝け出して談笑に興じている。その面を見ているだけで、何も考えていない談笑を耳にするだけで芥子川けしかわの苛立ちは一気に募る。表層に表さないだけで手一杯だった。


「ふぅ…」と小さく溜息をつきながら自販機で購入した栄養ドリンクを一息に飲み干す。


 泥を頭に詰め込まれたかのように頭が重い。重い頭がしっかりと役目を果たすのか不安だ。


「お疲れのようですな」


 席に着くや隣に腰かけていた男が声をかけてくる。委員会に属することになった際に色々と世話をしてくれた人物だが、名前は憶えていない。覚える価値も無いと判断したからだ。


 好々爺然とした面の下に積み重なった経験も高尚な信念も存在せず、浅ましい我欲にまみれていると想像するだけで吐き気がした。


「前代未聞の事態ですからね…」


 顔を合わせることが嫌で真正面の机をジッと見つめる。実際に疲れているということは本当だ。ここ最近は全く眠れていない。それどころか5時間も眠ることが出来ていない。普段から健康的な生活を送ろうと心掛けていただけにこの事態は本当の意味で予想外だ。


「見通しはつきましたかな?」


「まだですよ。前代未聞の事態ですから」


 チラッと横目で男を観察すると好々爺とした面に下衆な色が浮かぶ。心の底から芥子川けしかわが窮地に追い込まれていることが嬉しいということが分かる。


「大変な事態になりましたなぁ。奴らが攻めて来るとは。いやはや、奴らには早く消えてもらいたいところですよ」


「力及ばずに申し訳ない限りです」


「いえいえ、君を責めているわけではないのですぞ?」


 慌てて男は芥子川けしかわの謝罪にフォローを入れる。余りにもわざとらしい。


「私よりも優秀な方が居たら是非ともこの役目を是非とも変わって欲しいものです」


 やや棘を含んだ言葉を返す。耳にした男は少し顔を引きつらせる。


「君の優秀さを買っているが故にこの大役を任せているわけですが、ご不満でしたかね?」


「不満などありませんよ。ただ、少し手を貸していただければありがたいと思いますが」


 芥子川けしかわがこの事態への介入を促す発言をすると、男は再び貼り付けたような笑みを浮かべる。


「我々が一々動く必要はないでしょう。選ばれた者は選ばれた者としての義務を果たすだけですよ」


 普段の彼らの言動と行動を思い出すだけで男の発言に失笑しそうになる。堪えるだけで精一杯だ。発言と中身が全く釣り合っていない聞くに堪えない言葉だ。


「現場にはまるで関係ない話ですよ」


 扉が閉まる音が聞こえた。全員が揃ったようだ。


 席について談笑していた全員が口を閉ざし、立ち上がって一礼する。


「会議を始めよう」


                  ♥


 部屋を出たときには夕方だった。窓から差し込む橙色の光が地獄からの解放を祝福しているように感じられた。


「お疲れさまでした」


 労いの言葉をかけてきた天長あまながに書類を渡す。歩くのも億劫だ。


「結果は?」


「終わった。処刑は1カ月後だ。それまでに用意を整えなくては」


 エレベーターに乗り込もうとしたところで意識が遠のき、倒れそうになる。寸前で天長あまながが飛び出して受け止める。


「最近寝てませんね?」


「寝ている暇などない。今が…大事だ」


 立ち上がろうとしたところで天長あまながが引き留める。


「一度休んでください。体が保ちません」


「誰が私の代わりを務められる?保身と我欲を満たすことしか脳にないクズどもをようやく黙らせることが出来る。立ち止まっている余裕はない。奴も待ってはくれない」


「確かに仰る通りです。しかし、ときが来たときに誰が先頭に立つんです?」


 意固地になりかけていた芥子川けしかわの意識に天長あまながの言葉が響く。それがどれほどの説得力があるのかは、言った当人がよく分かっているだろう。


「弦巻の所に行く。まずはそれからだ」


 振りほどくと芥子川けしかわは歩き出す。

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