第151話 偶像3(九竜サイド)
余興が終わると、オレたちは客間と思われる場所に通された。
他と変わらない白い壁。傷は全くない。中央にテーブルが鎮座し、上に赤い薔薇を生けた花瓶が設置されている。紅白のコントラストが美しい。
テーブルの大きさは互いの距離は剣が届かない程度だ。銃があれば例外だろうが。取りあえず、話し合いが激化したとしても血を流すことにはならないだろう。戦争嫌いの宣言をアピールするかのような演出だ。
「2人には私の元で働いてもらいます。よろしいですね?」
「嫌だよ。ボクはアンタたちに従うつもりはない」
デスモニアの誘いを姫川はばっさりと斬り捨て続ける。
「モルモットにしたければすればいい。殺しても結構だよ。そこの女からボクのことはもう聞いているんでしょ?」
憎悪、諦観。そんなネガティブな感情が瘴気となって噴き出るような姫川の言葉が頭の中に響く。
「確かに君たちのことは聞かせてもらいました。ですが、このまま戦力になる存在をむざむざコレクションしておくというのは実に惜しい」
「話聞いてた?ボクは戦いたくないって言ったんだよ」
「聞いてましたよ。ですが、私は戦って欲しい」
互いに譲る気配まるで感じられない。きっかけさえあれば今にもぶつかりそうな気配だ。両者とも譲る気は一切ない。散らす火花が引火していつ爆発するか分からない。
「命を粗末にするというのはよろしくないですね。例え短い時間しか残されてなくても」
その言葉を耳にした瞬間に、姫川の体から強烈な殺気が放たれる。これまでに一度も見せたことのないほど怒っていると理解できてしまうほどの顔で。こんな側面を持っていると思っていなかったオレは心底驚いた。
「貴様…」
手枷を付けたままでは勝てないと理解しているのか姫川は飛びかかるような真似はしない。あくまで威嚇しているだけだ。
「暴力は良くないですよ。私は話し合いのためにこの席を設けたんですから」
「罵倒も立派な暴力だと思うけど?手枷を付け、抵抗できない相手を煽っている時点でまともな話し合いが出来るとは思えないね」
「対等な話し合いが存在するわけないでしょう?ゲームは始まる前から用意している方が勝つ。望んだ結末を手に入れるために力を尽くすのは当然のこと」
スッとデスモニアが姫川に再び嵌められた手枷に指し示す。
「まともな話し合いをしたいなら、それを外してからですね」
そこまで口にしてからデスモニアがオレに顔を向ける。
聞いてくることは、分かっている。
答えは、決まっている。
しかし、今は答えを捻じ曲げなければならない。嘘を吐かなければならない。
オレは、この女に勝つことは出来ない。完膚なきまでに叩き潰され、無意味に命を散らすだけ。
どれだけの嘘を重ねたところで、胸中に埋め込んだところでこいつを出し抜くことは出来ない。
だから、あの夜に決めた。
叫んで、喚いて、嘆いて、言い訳したところで、無意味。
それでも、6人の顔が頭をよぎる。
葵、
何があっても裏切ってはいけない6人。
否定させない。誰であろうと。彼らの積み上げたものを、流した血を。
支えてくれた、救ってくれた、導いてくれた。
違っても、地獄にいたオレに光を与えてくれた存在。
それほどまでに、オレにとって大きな存在。
―だから。
「…分かってる。オレは、アンタの側だ」
「話が早いですね。物分かりが良くて…」
「ひとまずは、『羽狩』を終わらせるまでだ」
チラッと姫川の方を見る。段取りはしていないが、彼女は意を汲んでくれた。
「『羽狩』でこいつと通じていると断言できるのは、委員会だけだよ」
姫川から言質を取ったオレはデスモニアに視線を戻す。ボールを受け取った彼女は舐めた態度を崩さない。
「ことが終わったら、私たちと敵対すると?」
「それを果たすために今ここに居る」
「果たして私と手を組んだ貴方を生き残った彼らが受け入れると?」
「確率は50/50ってところだね。委員会に反発を抱いている者たちは多い。でも、吸血鬼への憎しみもまた強い。段取り次第ってところだと思うよ」
姫川が補足する。デスモニアは手を組み沈黙に入る。この提案を受け入れるか否か、今後の動きを頭の中で演算を始めているのだろう。結論が出たのか、デスモニアは口を開く。
「分かりました。期間はこの戦いが終わるまでで構いません。終わったら、どうなろうと文句はありませんよね?」
これまでで初めてデスモニアが凄んだ。細くなった眦から漏れる眼光は鋭く、平時なら確実に肝が縮み上がっていただろう。今は極度の緊張状態でハイになっていたのか恐ろしくは映っていない。
「そういうことなら、ボクは協力する」
姫川が手を挙げるとジャララと手枷が音を鳴らす。
「仲間が大事では?」
「確かに仲間は大事だけどね。でも、果たすべき仕事に君たちを殺すってことも含まれている。個人的にもキッチリ貸しは返したいんだよ」
デスモニアの言葉に姫川は冷静に言葉を返す。小さく溜息をつき、デスモニアは手をクロスさせる。今度の時間は短い。
「別に構いません。戦いが終わったら、どのようにしても勝手です」
あっさりデスモニアは引き下がる。抵抗の無さに拍子抜けした。姫川も同じようだ。
「ボクを殺すつもりはないらしいね」
「別に殺すつもりはありませんよ。2人とも」
『2人』ということは、
「舐められたもんだね」
姫川は肘をつき、ツーンとした態度でデスモニアに冷めた目を向ける。
「あくまで今は…という話ですよ。手駒が少しでも欲しいですから」
対抗するように負けず劣らずの冷たいトーンでデスモニアも言葉を返す。
「そっちはどうするつもり?ずっと黙ってるけど」
一段落したと判断したのか
「悪いわね。私はこっちに付くわ」
「終わっても残るってこと?」
「巻き込んだ責任は取るわ」
「嘘くさいね。取引をしてたって言った方が余程説得力があるよ?」
「嘘と秘密を使いこなせてこそ。ただ馬鹿正直に歯向かうだけでは、大人のゲームには勝てませんよ?」
黙っていたデスモニアが横槍を入れる。姫川は再び額に青筋を浮かべる。
「嘘を吐き出すだけで責任を取ろうとしない大人よりは余程好感が持てるけど?」
「だとしたら、永遠にゲームには勝てないですね。覚悟が出来てない」
「出来てるからこそ嘘をつかない。そう言ったところで、アンタは認めないだろうね」
「そちらも認めないでしょう?現実を」
再び二人の間で火花が散る。鎮まっていた空気が一気に過熱する。そこで「パンッ‼」と空気を裂く音がして空気が冷却された。
「話はもうお終いでいいわよね?この喧嘩に私は無関係だと思うんだけど?」
口を尖らせた
「分かりました。では、解散としましょうか」
宣言すると、デスモニアは立ち上がって出口まで近づいて、振り向く。
「君にはこれから強くなってもらう必要がありますから、近日中にこちらからトレーニングの相手を送ります。期待して待っていてくださいね。ああ、殺し殺されということはないのでご安心を」
清々しい笑顔を浮かべ、今度こそ部屋を辞した。
♥
打ち合わせが終わると、オレたちは揃って部屋に戻った。重苦しい空気から解放されたからか姫川はベッドにダイブする。「ボフッ」と柔和な音がしてベッドが沈む。
「本当にいいんですか?」
姫川は、オレに協力してくれると宣言した。だが、仲間と戦いたくないと言っていた。その口で仲間を殺すに等しい言葉を言った彼女に不安の目を向ける。
ムクリと起き上がり、束ねていた髪を乱暴に振りほどき、余程イライラしていたのか姫川は雑に髪をかき上げる。服に見合うように結った髪は見る影も無いほどに乱れている。
「いいよ。あんまりいい気分はしないけど言っちゃった手前だし責任は取らないとね。それが先輩ってわけだし」
ムスッとした表情で言っていい台詞ではないなと思いながらもオレは納得の意を示す。
「というわけで、ボクもトレーニングに協力する」
立ち上がるとスタスタとオレの真正面にまで迫る。身長がオレよりも低いため背伸びをしている姿は張り合おうとしているように見える。
「武器…ないですよね?」
「…ないね」
オレの突っ込みに姫川は言葉が詰まっている。さっきの台詞は理よりも先に情で動いてしまったようだ。
「ま、気にしなくていいよ。こっちでどうにかするからさ。それにボクは君より強いからさ。吸血鬼よりはいいでしょ?」
一転して強気な笑みを浮かべて姫川は余裕綽々の言葉を口にする。対してオレは答えに窮して沈黙する。
「何だか嬉しくなさそうだね?」
「…本当にすみません」
オレの謝罪を受け、姫川は盛大に溜息をつく。物凄くうんざりしていると言わんばかりだ。
「ボクが自分で決めた。君が一々責任を感じて一喜一憂する必要はない。何?それとも、ボクの実力が信用できない?」
目つきが鋭くなる。間近で見る姫川のジト目は可愛らしいを通り越して恐ろしい。
「…協力お願いします」
押し切られる形で情けなく、あっさり折れた。
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