第148話 結解36(葵サイド)

 扉を叩く音が聞こえ、葵の意識が覚醒する。来客はいつも通りで、仏頂面が目に入る。訪れる時間は完全にバラバラだ。意図的にやっているのか、空いている時間を作って訪れているのかは不明。恐らくは両方だろう。


「変わりはないか?」


「暇すぎて死にそうだよ」


「ならば、大丈夫だな」


 芥子川けしかわは葵の言葉を右から左へ流す。冷たい対応に口を尖らせる。


「少しは心配してくれてもいいだろ?」


「お前を女と見るのは冷蔵庫を指一本で動かすよりも難しいだろうな」


「酷い評価だ」


「勇猛な虎よりも弱々しい小鳥か花として愛でられることをお前は望むのか?」


「たまには悪くないな」


「お前の冗談は実に面白くない」


「アンタには言われたくないね」


 芥子川けしかわの表情、言葉の早さ、声音。肌感覚で余裕がないことが分かる。


「本題をそろそろ教えてくれよ」


橙木とおのぎ、昼間は保護した。遠からず私の元で運用する予定だ」


「色々と言いたいことはあるが、九竜はどうした?」


琵琶坂びわさかと共に吸血鬼の側についたようだ。既に部下を殺され、揃って行方知れずだ」


「…俄かに信じがたい話だな」


 エウリッピが仕掛けたとなれば九竜くりゅう琵琶坂びわさかが向こうに取り込まれたというのは納得が出来る。だが、何を材料に2人を屈服させたのか気になる。正直に答えてくれるとは思えないため機が熟すまで腹の底に押しとどめる。


「信じるか信じないかは自由だ。だが、覆しようのない事実。そして、私はお前との契約を守った」


 葵は芥子川けしかわの言葉に眉を吊り上げる。癇に障ったということは明白だ。


「守れていないだろ?アタシの部下が巻き込まれているのを防げてない」


「全部が全部を守れるような状況ではない。2人だけでも守ることが出来たという事実を幸運と思え」


「…2人は元気にしているか?」


「早々にトラブルを起こしたらしい。聞いた話によれば先に問題を引き起こしたのは私の部下らしい。そこについては謝罪しよう。安心していい。2人とも無事だ」


 最初こそヒヤッとしたが、葵は無事であると聞いて胸を撫で下ろす。


「これでもお前の要望を果たしていないと言えるか?」


「…アタシが悪かったよ」


 謝罪の言葉を口にし、深呼吸をしてから改めて葵は口を開く。


「それで?アタシに何を求める?」


「お前に求めるものは常に決まっている。だが、その前にお前にはやってもらわなければならないことがある」


 真剣な面持ちのまま、芥子川けしかわは口を閉じて開くを繰り返す。これまで早々に物事を撫で斬りにするように口に出していただけに何処かむず痒さを覚える。


「くしゃみでも我慢しているのか?」


「違う。風邪などでは断じてない」


 壁さえなければ今にも斬り合いが始まりそうなほどに張り詰めていた空気が弛緩する。力が抜けたのか小さく笑い、芥子川けしかわは口を開く。


「お前には死んでもらう。弦巻葵」




                  ~予告~


 今回をもって『イノセンス・V 結解編』は終了となります。長くなりましたが、ここまでお付き合いいただき本当にありがとうございます。感謝以外の言葉がございません。


 もう少しで終わりが近づいているわけですが、ノートに掲載したように一度リフレッシュ期間に入らせてもらいます。


 より濃く、よりおどろおどろしく、より残酷な物語へと仕立てます!!


 今後とも『イノセンス・V』をよろしくお願いします!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る