第142話 結解30(姫川サイド)

 我ながら恥ずかしいことを口走ったなと思った。録音をされ、後々聞かされたとしたら顔から火が出るほどに恥ずかしくて、自惚れに自己嫌悪してしまいそうだ。

 服に関しては特に気にしていない。自分の肉体に恥ずかしい箇所は全くない。絶対にあるはずがないと自信がある。下手に大きな胸など邪魔以外の何物でもない。


「長くなるかもしれませんけど…」


「別にいいよ。時間はたっぷりあるからね」


 了承の意を示すと、九竜くりゅうが重く閉じた口を開く。まるで一世一代の、歴史の一ページに残る証言をするような空気を纏っている。


「ボクは…両親を殺したんです」


 穏やかな話ではないことは、本人が本気でそう思っていることは間違いない。強がりやほらで口にしているわけでないことはハッキリと分かる。


「君がグサッってやったの?」


 姫川の問いに九竜くりゅうは頭を振る。なら、そう思い込んでいるというパターンのようだ。


「1つ1つ。話してくれない?」


 強く揺さぶらないように姫川は九竜くりゅうに話をするように促す。冬の湖のように空気は静寂で、このまま時間が動かないのではないかと思いそうになる。


 少し間をおいて、九竜がようやく口を開いた。


 最初は、父親の死だった。


 6年前に起きた鉄道事故で自身が乗っていた車両の乗客は全員が死亡。その中には実父も含まれていたようで、救出されるまでの時間を、死に満ち満ちた地獄に閉じ込められることになった。


 助けられてハッピーエンド。…とはならなかった。ここまででも気が滅入る話で、顔は完全に死んでいた。これがまだあと1つ控えているのだ。


 次に待ち受けていたのは、母親の死だった。


 元が病弱だった母親は彼が七歳を迎えるころに持病が悪化し、以降は入退院を繰り返すことになったらしい。時間をかけながらも回復しつつあったのだが、父親の死が原因で一気に塞ぎこみ、そのまま逝ってしまったとのことだった。


 要約をするとこの通りだ。


 それから、趣旨は外れるが、姉の事だった。


 半分しか血の繋がっていない年の離れた姉。


 甘えた盛りに両親から愛情を奪い、自分のために青春を費やすはずの時間を両親を殺した弟のために消耗させてしまった。今もずっとその後ろめたさから一緒にいると空気が淀んでしまうとのことだ。


 そこまで話して、九竜くりゅうが下唇を噛みしめた。膜を張っていた目から涙が落ちる。


 結論から言うなら、彼に責任はない。


 しかし、傷は治療の施しようが無いほどに化膿してしまっている。


 何を言ったところで、何をしたところで、部外者である自分が助けようとしたところで、彼を地獄から掬い上げることは出来ないだろう。寧ろ、益々自らが作り出した殻に閉じこもり、ずっと自分を責め続けることになってしまうかもしれない。


「すみません。こんな話…」


 布団の一点を見つめる九竜くりゅうの体が震える。泣き腫らして赤い目はこれまでに抱えていた絶望の深さを物語っている。


「話せって言ったのはボクだからね。君が謝ることじゃないよ」


 余裕ぶった言葉を口にしても、何て言葉をかければいいのか分からない。


 悪いのは君じゃない?


 辛かったね?


 誰もそんな姿を望んでない?


 どれも違う。どの言葉も、薄っぺらい。口にしたところで何の慰めにも、何の癒しにもならない。


 傷を抉って、腐らせるだけ。最終的にはその毒に侵されて命を失うことになる。


「何で、オレは…生き残ってしまったんでしょう?」


 両腕を掴みながら、歯をガチガチと鳴らす。音が克明に恐怖を刻んでいるのだと伝えているように感じられ、気にしないように振る舞う。


「悪いけど、その問いには答えられないよ」


 組んでいた指を解き、姫川は自分の掌を見る。都合よく答えは書いていない。


「でも、どういう訳か悪い奴ほど死ねないもんだよ。楽には終わらせてくれないみたい」


「だからさ」と姫川は少し間を開けて言葉を続ける。


「迷っていいし、逃げてもいい。最後に、答えを自分でも見つけることが出来ればね。でも、ただ蹲って懺悔するだけの人生は過ごさせないよ。そんな甘えは許されない」


 姫川の言葉に九竜は体をビクッと震わせる。


「せめてボクの目の黒いうちは頑張ってよ。そしたら、自分がしてきたことの理由が、生き残ってしまったことに意味を持たせられるかもしれないからさ」


 チラッと九竜くりゅうの方を見る。並べ立てた当たり障りのいいだけの言葉に、どれだけの説得力があっただろうかと不安になる。


「…ありがとうございます」


 何を想い、考えての言葉なのかは分からない。考えていることと実際に口に出していることが一致していないことは珍しいことではない。


 それでも、今の言葉が本当であってほしいと姫川は願った。

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