第138話 結解26(エウリッピサイド)

 傾き、幾つものビルを巻き込みながら崩れ落ちていく。つい最近見たばかりだが、中々壮観だ。少しテンションが昂る。


「よっと」と言って、エウリッピは担いだ姫川を持ち直して琵琶坂の元に向かう。まだ戦闘があると考えると少し気が重くなる。何処まで吹き飛ばしたかは分からなかったが、血の臭いが風に乗って流れてきたため、それを辿っていく。


 辿り着くと、エウリッピは目の間に広がる光景に目を見張った。まずは、琵琶坂黒子びわさかくろこの姿。


 血に体を浸したのかと思ってしまうほどに全身が朱に染まっている。当たり障りのなかった白とベージュをメインにしたカジュアルな服は見る影もない。戦闘向きではない彼女がこのような姿をしているというのは、天地がひっくり返ったところで起きえぬ事態だ。


 次にこの地獄を形成している要素。


 死屍累々というのは、こんな状況だ。辺り一面を鮮血が満たし、小島のように死体が浮いている。千切れた手足はまるで沈みゆく船のよう。


 別に見慣れていない光景ではない。それを作ったと思われる人物が、琵琶坂びわさかに抱えられている少年が作ったと思われるからだ。ハッキリというなら、あの少年にそんな大それた真似ができるとは考えられない。


「随分と様になっているじゃないですか。ザ。ヴァンパイアってやつですね」


「銀の銃弾じゃなくて助かったわ。よくも撃ってくれたわね」


 キッと琵琶坂びわさかはエウリッピを睨む。ガソリンを投げ込めば今すぐに噴火する活火山のシルエットが背後に見えた。


「仕方ないでしょう?死んだように見せかけないと解放されないですから」


「ずれてたら死んでたわよ」


「出来るという確信があるからやっただけですよ」


「てっきり口封じをしてくると思ったけど」


 怒気を潜めながらもジットリとした視線をエウリッピに向ける。


「約束は守ると言ったでしょう?私にも守るべき線引きはありますから」


「あっそ」素っ気ない返事と疑念の籠った目を向けられ、エウリッピは目を逸らす。


「ところでさぁ…」と琵琶坂びわさかが言い、視線がエウリッピの腕で眠る姫川に移る。


「色々と聞きたいことがありましてね。半殺しにするのに苦労しましたよ」


「そっちは勝手にやってどうぞ。で?この先どうやって動く予定よ?」


 苛立っているのか、琵琶坂びわさかは捲し立てる。


「ひとまず宮殿に行きましょう。治療をする必要もありますからね。そういえば、『メルクリウスキューブ』はどちらに?」


「こっちが聞きたいところよ」


 この状況だと無理からぬ話かとエウリッピは納得する。探すことも不可能ではないが、九竜くりゅうと姫川がお荷物状態。琵琶坂びわさかも酷いダメージを負っている(負わせた)。残っているのはエウリッピだけな上にエネルギーを微々たるとは言えないぐらいには消耗している。これから草原で四葉のクローバーを探すような面倒な作業を独りでやるのはごめん被りたいところだ。敵の増援はティーチに壊滅させたとはいえ、敵の追撃を確実に躱すことを前提に動くなら、ここで手を引いておくべき。


「仕方ありませんね。後日改めてということにしましょう」


「案外あっさり引き下がるのね」


「全部を欲するというのは利巧とは言えませんからね。思わぬ収穫もありましたから」


「結果的に約束を反故にしちゃったわけだけど、責めないのね」


「恐怖で支配というのは、嫌いじゃありませんけど。でも、カードは常に豊富な方がいいんですよ」


「アンタたちって実は仲いいんじゃない?」


 エウリッピに琵琶坂びわさか芥子川けしかわの姿を重ねたらしい。


「否定はしないですよ。確かに考え方は似ていますから」


「アンタは?」


 去ろうとしていたエウリッピに琵琶坂びわさかが声をかける。


「話していませんでしたっけ?」


「一言も聞いたことないわ」


「なら、ここで明かしておきましょうか。これから、共に戦うわけですから」


 前置きをして、エウリッピは答えを口にする。


「種の繁栄。これだけですよ」

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