第135話 結解23(エウリッピ+姫川サイド)
剣が触れると、壁が崩れる。警戒しながら覗き込むと、誰もいない。この部屋にもいなかったようだ。あと少しで10部屋。出来るなら、あと3部屋以内に見つけだし、殺したい。
とはいえ、1階に身を潜めていることは分かっている。それに、あの口ぶりから自分に興味がある以上はこのまま逃げ出すとも考えにくいことから、必ずどこかで仕掛けてくるということは、断言できる。
「ゴホッ」と小さく咳き込む。塞ぎに使った左手には、小さく血が残されている。これが理由だ。
しかし、絶大な力には大きなリスクを伴うというのは、どれほどの技術であろうと逃れることは出来ない宿命だ。
掌についた血をズボンに擦り付けて消すと、
―どうしようかな。
戦況自体は、自分に有利だと緋咲音は状況を俯瞰する。だが、戦いが長引けば長引くほどに戦況はデスモニアに傾く。向こうは逃げ回るだけでいい。
あくまで、向こうに大事なものが何も無いという前提に立つならば。
敵の狙いが『メルクリウスキューブ』にあることは
「でもか…」と独り言ち、前置きをして思考を切り替える。
残った
状況を整理し終え、緋咲音は一対の楯の花弁を開く。
―勝負は、早々に決めようか。
楯の先端から溶解液を放出し、剣に集中させてドリル状に纏める。触れれば、一瞬で蒸発するだけの威力がある。
手を頭上に掲げ、正面に真下へ振り抜く。
「早く出てこないと、死んじゃうよ?」
♥
戦況自体は、現状こちらが不利。むざむざと逆転させてくれるだけの時間を与えてはくれないことは想像がつく。
しかも、エウリッピは、姫川を殺せない。本気でやれば殺すことは不可能ではないだろうが、彼女からは聞きたいことがある。
今の段階で分かっている姫川の戦力を分析すると、以下の通りになる。
使用する武装は、無色透明の粘性溶解液。
近接戦闘が出来る長剣。斬るよりも溶かすことに特化していると思われるタイプで物理的な防御は用をなさないだろう。
中距離戦闘で効力を発揮する一対の楯。防御に使用できることは勿論のこと、花弁部分を開けばウォーターカッターの如く強力な溶解液を発射することが出来る。これも確実に物理的防御は確実に用をなさないことは想像がつく。
先の戦闘で近距離では確実に勝てないことが分かっている。中距離でも恐らく同じ結果になるだろう。
対応できないのは、長距離戦闘と結論する。もしかしたら、その手段を有しておきながら一切使っていないだけかもしれないが。
しかし、それは姫川も同じ条件である可能性が高い。
彼女は、
―勝負は、この一撃か。
「醒めろ。
♥
肌を撫でる熱気を感じて、
天井は穴だらけ、壁は溶けてボロボロ。人知では到底理解しえないレベルの爪痕が刻まれている。残しておく理由もない。
「やっと、その気になったんだ」
前面を展開し、すぐに攻撃が出来る状態にする。向こうも攻撃できる準備は完了している。
「殺してあげる気になったと解釈してくれて結構ですよ」
アンバランス。その姿を実際に目の当たりにした緋咲音が真っ先に抱いた印象だ。
緋色に輝く瞳。解けて漂うワインレッドの髪は主の美しさを蠱惑的に仕立てている。修道服を思わせる表面の白と内側のコズミックパープルが神秘的に映る。しかも、ライダースーツのときでさえ強調されていたボディーラインと胸の起伏の自己主張が激しい。ただでさえ罰当たりな格好をしているにもかかわらず、デスモニアが携えているのは猟銃を思わせる大型の銃。神の僕を名乗るには背徳的だ。
「誰のためにボクを殺すのかな?」
「神のために…。とでも言えば、納得してくれますか?」
わざとらしい言葉に、
「楽に逝かせてあげる。そっちの方がよっぽど様になるよ」
「そういう言葉は悪党に言わせるに限りますよ」
「ピッタリじゃん」
突き出した左手を絞める。連動して楯から溶解液が噴射される。デスモニアは難なく後退し、去り際に一発だけ放つ。防ぐことは難しくないためもう1つで防ぐ。
弱点に気づかれたわけではないだろう。だが、距離を取り始めているということはこちらに遠距離の武装がないと予想しての動きであることを想像することは難しくない。実際にその動きが的中していることは悔しいことに当たりだ。
隠れることが可能な場所はない。仮にこの場から逃走したところで事態に気づいているであろう
どっちにしても、詰みだ。
「勝った。そう思ってますか?」
「負け惜しみはあの世でお願いするよ‼」
斬ると見せかけ、切っ先に集めた溶解液の塊を突き出す。荒ぶる竜巻となった粘性の塊がデスモニアを食い尽くさんと迫る。
「言ったでしょう?まだ勝負は終わってないと」
デスモニアの口角が上がり、
ロケットが発射するときのように猛烈な勢いで炎が吹く。勢いを完全に殺されて足が止まってしまい、逃げるチャンスも仕留めるチャンスも失ってしまった。
顔を上げると、グングンと高度を上げていくデスモニアの姿が目に入る。
楯を展開して撃ち落とそうとするも既に射程圏外だ。直後に足元がぐらつき始める。いよいよビルが崩れようとしている。
―逃げる方が、吉だね。
高まっていく熱量から逃げ出すように
しかし、脳裏に先日の光景がよぎる。
妖星の如き光。全てを焼き尽くす圧倒的な熱量と視界を覆い尽くさんばかりの光。あれほどの攻撃が、全力の一撃だったのか手を抜いたうえでの一撃だったのかすら分からない。
もし、本気で撃ち出してくれば、逃げ出せるかどうか分からない。防ごうとして防げるか問われたところで不可能だ。仮に防げたところでビルの倒壊に巻き込まれて、バッドエンドを迎えることになる。
前回は身を隠すことによって凌ぐことが出来たが、隠れる場所はない。全て自分の手で破壊し尽くしてしまった。短期決戦に逸りすぎたのは、完全にミスだった。
―仕方ないか。
諦めをつけた
最大出力の一撃を放つのは、未だにやったことが無い。これまでにこんな状況に遭遇したことはなかった。
ズキンと鋭い痛みが走って手で胸を抑える。
痛い。心臓を直に紐で締め上げられているような感覚に意識を失いそうになって、上を見ることで飛びそうになる意識を無理やりに繋ぎ止める。
―準備…完了。
「溶かせ。
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