第125話 結解13(九竜サイド)

 時計の針がもう間もなく0時を刺す。コチコチと規則正しい小さな音を立てる腕時計に対してオレの胸はバクン、バクンと大きな音を頭に響かす。今にも破裂してしまいそうで恐ろしい。


 上を見れば月を雲が覆い始めている。幸先が悪い。ずっと見ていると呪われてしまいそうで、直視することを躊躇った。


 人がいない夜道を歩いていると、指定された駐車場に到着した。小ぢんまりとした駐車場には待ち人以外と乗ってきたと思われるオートバイのみが置かれている。


「お待ちしてました」


 待ち人のデスモニアはオレの姿を見るなり一礼した。


 黒のライダースーツという優雅さとは縁遠い姿であるにもかかわらず気品を感じさせた。腰に銃、剣を装備していなければ女優と言われても納得してしまう自信がある。


「お会いするのは二度目になると思いますが、改めて自己紹介としましょう」


 そう言った吸血鬼は『エウリッピ・デスモニア』と名乗った。オレのことについては知っているから必要ないと止められた。


「では、長話をする時間が惜しいですから始めましょうか」


 デスモニアはライダースーツのホルスターから銃を抜く。


 騙し打ちをされたと思い、咄嗟に身構えた。時遅しと頭で理解しても、体は生きようと足搔く。


 しかし、銃弾はオレを貫くことはなく、背後でドサという音がした。


「え?」と間抜けな声を上げ、音の聞こえた方に顔を向けた。スーツを着た1人が死んでいた。もう1人は無傷だ。


「そっちに行かないでもらいたいんだけど?」


 闇から浮かび上がるように、姫川が姿を現した。


                   ♥


「もう1回言おうか?」


 抑揚のない声。それでいながら声音には境界線を飛び越えようとしているオレへの批難を隠していない。まつ毛の長い半開きの目にはボーっとした呑気な雰囲気はなく、怒りが溢れている。


「行かないで。どの口が言える義理ですか?」


 今にも飛びかかってこようとしている姫川からオレを守るようにデスモニアが前に立つ。


「守護者気取り?彼のチームメイトを殺しておいて?」


「後ろから刺そうとしている奴らに言われるというのは不快ですね」


 オレについて話をしているにもかかわらず、2人は互いの間で火花を散らしている。

 それでも、警戒を取り払うことは出来ない。いつ姫川が構えるデストロイが火を噴くか分からない。

 心臓が脈動しすぎて飛び出してしまうかと錯覚してしまうほどに鼓動を強く刻んでいる。


「人を殺すのは好きじゃないんだよね。仕事でも」


 蚊帳の外にいたオレに姫川が目を向け、更に指さす。


「野蛮ですね。脅迫なんて」


「脅すなんて人聞きが悪いね。話し合うなら何処で引くか、何処まで許容するかって線引きするのは当然のことだと思うけど?」


 デスモニアの言葉に姫川は反論する。


「それを脅しというんですよ。そんな恐ろしいものを晒しておきながら」


「鎖に繋がれている獣が目の前にいるのに手ぶらで対面する勇気はないんだよ。冷静な人間1人と対面するだけならこんな物に縋る必要はないんだけどね」


「ま、いいや」と姫川はあっけらかんと吐き捨て、一瞬だけオレに目配せする。


「こっちに来て」


 力強く、短く、姫川は呼びかける。


 ―どうすればいい?


 左右の手を引っ張る2人の存在にオレの意識は引っ張られる。


 姫川本人は、信用できる。だが、彼女もまた飼われている身だ。委員会が背後にいる以上は、頼ることは出来ない。デスモニアが言っていたように背後から刺される危険性に晒されることになる。加えて、葵を積極的に排除しようとしている姿勢も到底受け入れられない。


 デスモニアは信頼や信用というレベルから比較すれば姫川の足下に及ばない。それ自体が失礼に値するだろう。一方で、オレたちにとって絶対的に必要な存在になる葵を、条件はともかく救おうとしている彼女の方がまだマシに見えてしまう。


「1つ、聞きたいことがある」


 オレは重くなった唇を開く。


 それでも、信じたい。彼女を、小紫こむらさきが駆け抜けた道が本物であって欲しい。


「アンタたちは隊長をどうするつもりだ?」


「ボク個人の意思が介在するところじゃない。犬は飼い主の命令に従うだけだから」


 切り捨てるような冷たい言葉でバッサリだった。


「そうか」とオレは小さく溜息をついた。最後の希望が断たれ、落胆した。


「アンタには従えない」


「あ、そ」顔の左半分を抑えながら姫川は感情の消えた言葉を吐いた。


「じゃ、殺すね」


 デスモニアに向いていたデストロイの銃口がオレに移動し、トリガーが引かれる。


 何ら躊躇いのない動きに、味方であると未だに認識していた彼女に撃たれたという事実に意識が追い付かなかった。


「ぼんやりしている暇はありませんよ」


 オレを守るように、デスモニアが立ち塞がって弾丸を次々と弾き落す。カランカランと乾いた音が静寂の夜に消える。


「吃驚ですね。ここまで躊躇いが全くないなんて」


「仕事だからね」


 直後に姫川が前へ出て、懐に手を突っ込んでひょうを取り出す。狙いは間違いなくオレだ。


「ノルマ達成はさせられませんね」


「させてもらうよ。無理にでもね」


 デスモニアに対して飛んでいた鏢が軌道を変え、オレに飛んでくる。動きは不規則だったが、避けること自体は難しくない。


 回避行動に移ったところで、姫川が動く。


 それを目にしたデスモニアが太腿に装備していたベルトからナイフを抜いて迎え撃つ。耳障りな金属音が耳朶を打つ。


「行かせないって言ってるでしょ?」


 目の前で2人が鍔迫り合う。ギギ…と嫌な音が続く。


「前回の彼もでしたが、素晴らしい身体能力ですね」


「余裕こいてる暇あると思う?」


「ありますよ」


 アスファルトに罅が入るほどデスモニアが足に力を込める。反応が遅れた姫川の体が吹き飛ぶ。


「さよなら」と短く呟くと、デスモニアはホルスターから銃を抜き、間髪入れずにトリガーを引いた。


 弾丸は、姫川の右胸部を穿った。

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