第122話 結解10(九竜サイド)

「本当に大丈夫?」

「問題ないよ。何も気にしなくていい」


 不安を滲ませて尋ねる馬淵にオレは安心してもらえるように言葉を重ねる。


 とはいえ、詰めを誤ると事態は面倒なことになる。逆恨みなんてことになったら、馬淵や百葉ももはに飛び火する可能性が高い。特に当事者である馬淵への被害は甚大になってしまう。


 だから、オレ1人に全てのヘイトを集中させる必要がある。


「そっちこそ大丈夫か?」


「うん。大丈夫だよ。ちょっとだけ、緊張するけど…」


 口にする言葉にはオレに気を遣わせまいとする心が伝わってくる。胸に手を当てて呼吸を落ち着けていることからも受け取れる。


 これから行うストーカーの撃退は馬淵の方がリスクは大きい。


 オレの立てた策は囮作戦。リスクは付きまとうことになるが、高い確率で相手を叩き潰すことが出来る計画だ。尤も、相手が吸血鬼であればこの限りではない。


 とはいえ、相手が吸血鬼の可能性が殆どゼロでなければこんな強硬策は採用していない。ストーカーに付きまとわれていた期間、吸血鬼の性質を鑑みた結果だ。


「じゃあ、予定通りにやろう」


 普段通りに駅まで揃って歩き、馬淵はいつも通りに1人で帰路を歩む。オレはそのまま帰宅をするように見せかけ、距離を置いて馬淵の後を追う。何かあれば直ぐに連絡を入れることが出来るように打ち合わせ済みだ。


 ことを解決するためには、ストーカーが現れなければ話は始まらない。だが、それは馬淵の身を危険に晒すことになる可能性を内包している。来て欲しいと願う一方で来てほしくないと願う自分の間で板挟みになる。


 端末が揺れる。ディスプレイを確認すると馬淵で、短く「来た」とだけ記されていた。


 近くにある電柱に身を隠し、深呼吸をする。一悶着あるかもしれないこの状況で、周りが見えない事態というのは避けたい。ストーカーが1人とは限らない。それに情念が暴走して銃火器を向けるなどという突拍子もない手段を取ってこないとも限らない。


 電柱から少し顔を出し、周囲を伺う。


 離れた位置にいる馬淵、少し離れたところから付いていく人物が1つ。この場所は往来が激しい場所ではないため否が応でも目立つ。


 服装は薄汚れたパーカーに色褪せたジーンズで髪は撥ねている。あまり良い身なりとは言えない。不潔に映る。


 その姿を見ていると、自分の身に起きたことを思い出す。


 絞められた首が疼くような感覚、嗜虐さに色付けされた下品な笑み。


 不安が沸々と噴き出し、呼吸が不安定になりそうになり、頬を叩いて正気を保つ。


 それでも、四肢は強張って鼓動が早鐘を打つ。


 疑いは無いと分かっていながらも影を見て、心臓に穴が無いことを確認する。


 穴はなかった。ひとまず、最大の懸念事項は無くなった。


 身を潜めていた電柱から移動を始める。こちらに気づいている気配はない。


 もう少しで、馬淵が自宅にしているアパートに入る。そうすれば、オレがこれから仕掛けるところを見られる心配はない。


 カンカンと階段を踏む音が連続して聞こえる。付けていた人物は見届けるかのように動きを止めている。


 ―仕掛けるなら、今しかない。


 馬淵の姿が見えなくなると、オレは人影に忍び寄り、そのまま首に腕を回す。ググっと蛇口を締めるように力を込める。


「彼女に何か用か?」


 順番が逆だなと思いつつ、口にする。


「問いかけるなら、答えられる姿勢にしてください」


 首を絞められながらも不審者は落ち着いた調子で答える。


 綺麗なハスキーボイス。見た目からは想像が及んでいなかったが、不審者は女性のようだ。予想していなかった展開だ。


「お断りだ」とオレは吐き捨て、更に力を込める。


「何をするか分からない奴の言葉をまともに信じる奴がいると思うか?」


 理知的に、焦る様子もなく不審者は口を開く。


「仰る通りですね」


「警察に突き出させてもらうぞ」


「最後に1つだけよろしいでしょうか?」


「弁明に耳を貸すつもりはない」


 直後に服が僅かに重さを増す。何をされたのか分からず、反射的に絞める力を強める。


「主からの言伝です」


「主だと?」


 何を言っているのか理解できずに鸚鵡おうむ返しに尋ねる。


「戻ったら確認をしておいてください」


 淡々と言葉を告げると、締め上げていた腕の下を液体の如く抜けて脱兎のごとく去って行った。


 オレは、一連の出来事が何だったのか理解が追い付かず、去って行く背中を茫然と見送るほかなかった。

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