第121話 結解9(エウリッピサイド)

「お待たせしました」


 テーブルの上に白米とエビチリ、餃子を載せた皿が次々に展開される。餃子特有の臭いが鼻腔を刺激し、食欲を煽る。


「いただきます」と手を合わせ、エウリッピは料理を口に運ぶ。


 湯気を立てるエビチリを盛った皿に箸が入り込む。あまり扱いなれていないこともあって少し先端が震えた。


「味はどうかしら?」


 傍に控えるアンドレス・ピールが問いかける。笑みを浮かべる顔は、自分の料理を美味しくないと、絶対に言わせないという自負に溢れているように感じられるものだ。


 スパイラルマッシュに纏められた薄紫色の髪とトーガを思わせるゆったりした服。見た目の緩やかさとは対照的に黒や青、紫色などの派手な色で彩られた姿は蝶を思わせる。


「流石ね。私好みの味付けよ」


 丁度いい辛味と熱さ、味付けの濃淡。全てがエウリッピの好みにマッチしている。


「お褒めに預かれて光栄だわ」


 盆を脇に挟んで、アンドレスは柔和な微笑みをエウリッピに寄こす。


「ところで、今回の襲撃はどういう意図があったのかしら?」


 空いている右手を唇の下に指を当て、新緑色の瞳をエウリッピに向ける。

 ナフキンで口を拭き、水の入ったグラスを傾ける。


「女王陛下のガス抜きよ」


「それだけじゃあ、ないでしょう?」


「知ってどうするのかしら?」


「気になったってだけよ」


 ねっとり、艶めかしい口調でアンドレスは言葉を続ける。


「別に無理強いなんてするつもりはないわ。あくまで個人的な興味だから、ね」


 幾許か思案し、エウリッピは口を開く。口が堅い彼ならば別に問題ないと判断したからだ。


「最後通牒というやつよ」


「穏やかじゃあないわねぇ。いきなり殴り込みなんて」


 話の続きをアンドレスは促す。


「話し合いはうやむやにされてしまうからね。やるなら確たる事実を突きつける方が合理的でしょ?力は嘘をつかいからね」


「それにしては派手が過ぎるんじゃないかしらぁ?」


 アンドレスはコロコロと笑いながら言う。言葉とは裏腹に表情は実に楽しそうである。


「デモンストレーションは派手に行うから威力があるのよ。何事も出だしが肝心。見合うだけの収穫もあったから無駄どころかプラスよ」


「是非とも教えて欲しいわね」


 餌に食いつくようにアンドレスが話の続きを促す。別段隠しておく理由はなく、寧ろ共有すべき事柄だ。


「人間のくせに人間らしからぬ奴がいたのよ」


「彫像みたいな美形が居た?」


「神話の世界の話じゃないんだから居るわけないじゃない」


「あら残念」


 話がずれそうになったエウリッピは話を元に戻す。


「知りたいのよね。そいつのこと」


「偉くご執心なのね。もしかして、恋でもしちゃった?」


「全身をくまなくバラバラにしてあげることも愛情表現にカウントされる?」


「ないないない‼そんなもんがカウントされるなら今頃問題は全部解決してるわよ‼」


 ドン引きしている割に表情はさっきと変わらない喜色満面だ。全く言葉と表情が噛み合っていないことが不気味だ。


「それなら楽でいいのだけれどね」


 会話が途切れ、その間にエウリッピは残っていた料理と白米を平らげた。


「ごちそうさまでした」と手を合わせ、ナプキンで口元を拭う。


「ワインと紅茶のどっちがいいかしら?」


 食べ終えた皿を回収しながらアンドレスが尋ねる。


「紅茶でお願いするわ。砂糖は入れすぎないでね」


「分かってるわよ」


 カチャカチャと陶器と陶器が触れる音、コポコポと紅茶が陶器を満たす音が聞こえた。


「はいどうぞ」


「ありがとう」


 差し出されたティーカップを唇に当てて傾ける。


「質問は出し尽くした?」


 最後に1つ残っているであろうことを予測しての質問だ。アンドレスにとっての重大な問題は、この次の質問にある。最初の質問はこの後のための探りだったのだろう。


「カルナはどうするつもり?」


 予想していた通りの質問が飛んでくる。答えは最初から決まっている。


「こちら側に戻ってもらう予定よ」


「出戻りの王女様なんてなったら周りが煩そうよね。特にサードニクスとか」


「丁度空席が1つあるからそこに座ってもらうつもりよ。力を示すことが出来さえすれば誰も余計な口を叩けないわ」


「とはいえ、席の争奪戦も激しそうよね。こんなに千載一遇の機会は滅多に巡ってこないでしょうし」


 アンドレスはこめかみを抑え、溜息を吐く。渋面と共に吐き出された吐息は事の重さを切実に物語っている。


「嫌になるのもうなずけるわ。志願書が山ほど届いているって聞いてる」


 ポルリルーの戦死に伴って空席が出来たことが判明するや、あっという間に空席を狙った志願者が殺到した。

 何せ200年以来の祭り。担当していたフォスコが頭を抱えることになるのも無理からぬ話だ。


「そこまで引っ張るつもり?」


「遠からず呼び戻す。時間は大して必要ないわ。それにカルナは殺し尽くすようなことはしないでしょうし」


 王の具足メンブラルの争奪戦の激しさは、今後の進退どころか参加者の生死を左右することに繋がる。

 1人、2人の死傷者が毎度の如く出てくることはいつものことで、対戦相手を皆殺しにしてしまうという事例も過去に存在している。

 そもそもとして、対戦相手を生かしておくという選択肢は基本的に存在しない。大事を控えているこの状況で、カードを大きく減らすような事態は避けたい。そういった意味でもカルナという存在は大いに役立つ。


「まあ、作戦立案はエウの役目だからワタシは口出ししないけど」


 飲み終わったカップを回収し、アンドレスは押してきたワゴンに手をかける。


「美味しかったわ。次のリクエストは受け付けてる?」


「いいわよ」とエウリッピの申し出にアンドレスは応じる。


「山盛りのライチをお願いしてもいいかしら?」


「用意できるけど、随分と気が早いわね」


「別にいいでしょ?ちょっとぐらい夢を見ても」


「そうね」と答えるとアンドレスは部屋を辞した。

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