第120話 結解8(ハーツピースサイド)
サミュエル・ハーツピースは、断頭台の前にいる。比喩ではなく、今から刃が振り下ろされそうな状態だ。突き付けられている当人はまるで動じていないが。
そもそもとして、雰囲気が一致していない。
「こんな餓鬼にうちの連中がやられたというのか?」
ハーツピースを見下ろす男は蔑む。
顔の傷、スキンヘッドが合わさって、ただ人では震えあがることなしの相貌をしている。ブランド物と思われるスーツに葉巻を吹かす姿もいい味を出している。
「はい」と傍に控える男が答える。年は多く見積もっても30代前半だ。
恰好は同じようにスーツ姿。目つきは椅子でふんずり返っている男と変わらない。違う点があるとすれば、髪があること。丁寧にセットしたということが分かる。
場所は一言で言うなら、表立って活動が出来ない方々の事務所だ。
神棚と机、壁に掛けられた文字入りの額縁(一瞥して以降は見ていない)、貼られたポスターは一見すると上手く誤魔化しているつもりだろうが、隠し扉がある。銃火器、或いは流通してはいけないもの、いかがわしい手段を以てして手に入れた金が隠されている。というのが、小説ではよくある設定である。
「お前、名前はなんていう?」
椅子にふんずり返っている男がハーツピースに問いかける。如何にも自分の立場の方が上であると証明しようとしている態度だ。
「山田太郎」
特に答えるつもりがないハーツピースは素面で嘘を抜かす。
「手前ェ‼ふざけてるのか⁉」
ハーツピースを囲っている男たちが怒号を発し、距離を詰める。次に何か言おうものなら胸に潜ませているハンドガンを抜きかねない。実際に発砲するかどうかは別として。
「何とか言ったらどうだぁ⁉」
一人の男の顔が鼻先まで迫る。脂ぎった顔が気持ち悪い。
「はぁ…」とため息をつき、少し自分の軽率な行いを悔いた。
元を辿れば、悪いのはこちらだ。
仕事とはいえ、人を殺したのだから。先に噛みついてきたのは向こうであるため、あくまで正当防衛であるが。
「で?兄さんよ。どう落とし前をつけるんだよ?」
ふんずり返っている男は苛立ちを滲ませている。
「こちらが支払う理由はないでしょう」
ハーツピースは顔を上げて男と顔を合わせて答える。この言葉がトリガーになった。
男は顔だけを動かし、囲っている男たちに「おい」と声をかける。それぞれが武器を取り出す。
事態は、予想通りか血生臭い方向へと動く。
「ちったぁ、社会の厳しさを学べや‼」
眼前に顔を近づけていた男がナイフを突き刺そうとしてくる。
手首をバンドで拘束されているが、別に関係はない。
ハーツピースの蹴りが今にも刺そうとしている男の金的を穿った。怒気で赤らんでいた顔が漂白剤にぶち込んだように色が抜けていく。囲んでいた男たちの動きが止まる。
「授業料はお支払いしますよ」
手首に括りつけられていたバンドを、体を椅子に固定していたロープをちぎり、ハーツピースは立ち上がる。
♥
「ひぃ…」と男は情けない顔を晒しながら後ずさる。下がるたびにハーツピースが歩みを進め、男が下がるという状況が続く。
「どうしたしました?授業をしてくれるはずではなかったんですか?」
奪ったハンドガンのトリガーを引き、男の肩を穿つ。衝撃で男が倒れ、銃創から赤黒い血がドクドク漏れる。
「ああああああああ‼」
血に染まった自分の掌を見て男の顔が更に恐怖に染まる。その様を見て尚、ハーツピースは歩みを止めず、動けないでいる男の顔を蹴り飛ばす。壁に激突した男は正気を取り戻したのか這いずって逃げ出そうとする。鼻の骨は折れ、先ほどまであった威圧感溢れる顔は何処にもない。
「質問には答えてくださいよ」
慈悲なくハーツピースは連続でトリガーを引き、男の四肢を次々に穿つ。その度に男は死に体とは思えないほどに大きな悲鳴を上げる。
「お、俺たちが…わ、悪かった‼」
今更になって男は謝罪の言葉を口にする。大の男が惨めに涙と鼻水で顔を汚している姿は只々醜いものだ。
「謝罪はいらないですよ。質問に答えろ、と言っているんですよ」
しかし、質問に答える気配はまるでない。逃げることに残る力の全てを使うつもりのようだ。残弾を確認するとあと一発。
うつ伏せで倒れている男を仰向けに変え、口腔に銃口を突っ込む。
「喋るつもりがないなら、舌は不要ですね」
カチッとトリガーを引くと、男の体が衝撃で揺れる。掴んでいた髪を離すと、どさりと体が落ちる。目から光が消え、空の口腔からは止めどなく血が流れる。
立ち上がると、ハーツピースは弾切れになったハンドガンを遺体に投げる。
直後にポケットに仕舞っていた端末が揺れた。天長からだ。
「もしもし」
「今どこにいますか?」
問われて周囲を確認するも、此処が何処なのか全く分からない。場所を示すデータは残念ながら直ぐには確認できない。なされるがままに連れてこられたことが原因だ。
「すみません。何処なのか分かりません」
「仕方ありませんね。自分が迎えに行くのでそこで待っていてください」
嘆息交じりの声で天長は告げ、通話を終えた。
♥
外で待っていると黒塗りの車がやって来た。仕事で使っている車種と同じものだ。スモークガラスを貼っているため中を確認できない。
コンコンと弱く窓を叩く。
「お待たせしました」
ドアを開くと天長が現れる。時間は23時を経過している上に月が照らしていないにもかかわらず相変わらずサングラスを付けている。
「お疲れ様です」
言葉を返すとハーツピースの姿を見た天長は苦笑を浮かべる。今の姿を見れば恐れの声を上げそうなものだが。
「またですか」
「絡まれたので仕方なく」
ハーツピースは犬の糞でも運悪く踏んでしまったかのように答えて車に乗り込む。 天長は置いてあったガムを1つ口に放り込んだ。ハーツピースも勧められたが、刺激が強すぎて好みではないため断る。
「第三支部の事件ですか?」
口火を切ったのはハーツピースだった。
「話が早くて助かります」
「僕にも前へ出ろと?」
「いえ、貴方には暫く普段通りに過ごしていただきたいと思います」
「つまり、奴らの監視をしろと?」
ハーツピースは天長の言葉を先読みした。
「そういうことです。怪しい動きをみせたら教えてください」
「監視をすることに疑問はありませんが、殺してしまった方が手っ取り早いのでは?」
「そうできれば幸いなんですけどね」
力のない笑みを天長が浮かべる。
答えは概ね分かっている。委員会から下の掌握が完全に終わっていない。完了しているのは、頻繁に顔を出している現場クラスと一部の政治家や官僚ぐらい。それも全てとはいかないだろう。加えてアニマへの根回しは終わっていないことが見て取れる。
「分かりました。何かあれば逐一お知らせします」
「ありがとうございます」
「では、失礼します」
断りを入れ、ハーツピースはドアを開けようとする。
「その格好で帰るつもりですか?」
今にも外へ出ようとしていたところで、天長に声をかけられる。
「何か問題でも?」
ハーツピースの答えを聞いた天長は呆れを含ませた笑みを浮かべる。
「その格好では目立ちますよ」
言われ、ハーツピースはサイドミラーで自分の姿を見る。
フリルをふんだんに使った青を基調としたゴシックの服には所々黒い染みが点在している。また、蝋を思わせる白さを持った肌も同様だ。
「送っていきますよ」
「結構です」と断りの言葉をハーツピースは口走りそうになるが、今現在自分が立っている場所が何処なのか分からないという事実を思い出す。
少し思案して、「お願いします」と言った。
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