第119話 結解7(葵サイド)

 どれほど日数が経過しただろうか。そう思ったところで確認する術がない。加えて、まだグラナートに負わされたダメージが完治していないせいで満足に体を動かすことも叶わない。


 しかし、怪我人にこの仕打ちはないだろうと言いたくなる。


 扉は防弾ガラスを嵌め込んだ鉄格子、周囲は白いセラミックの壁。まるで囚人扱いだ。人類が持つ技術の粋を結集させたと言っても過言ではない。たった1人にこれだけのリソースを消費している状況は、VIP待遇のほうが正確かもと下らない考えが降ってきそうになる。椅子で手足を縛られ、首輪を嵌められてさえいなければ、そのように考えたところであながち間違いではないだろう。


 それにしても、暇だ。考えることがない。


 これまでに積み上げてきた全てが否定されてしまったのだ。戦えと言われたところで、戦うだけの気力はすぐに湧かない。


 それでも、性というべきか。ずっと、頭の中に、グラナートのことがチラついている。


 自分を見下ろす顔。口元に浮かぶ、余裕の笑み。振るわれる、圧倒的な力。


 ―倒したい。絶対に。


 方法は何も無い。力も無い。


 それでも、妄執の萌芽は身の内に根を張る。張っている。


 直後にコンコンと扉に嵌められたアクリル板を叩く音が聞こえ、閉じていた目を開く。


「元気そうで何よりだ」


「おかげさまで」


 扉前で皮肉を抜かす芥子川けしかわに葵は拘束された体を見せつけるように言葉を返す。


「お前の部下たちは現在保護下に置くべく動いている」


「律儀だね。アタシが戦わないっていう可能性だってあるだろうに」


「その時は物言わぬ部下どもと感動的な対面を果たすだけだ」


「そいつは嫌だな」


 力なく葵はフッと笑う。コホンと咳払いをすると芥子川が口を開く。


「天長から聞いた。吸血鬼の女王。奴は何者だ?」


「アタシの姉だよ」


「初耳だな。しかし、何故殺し合っている?」


 驚愕して然るべき事実を知って尚、芥子川けしかわは顔色を変えない。


「兄弟姉妹が刺し合う理由は昔から決まっているだろ?」


「玉座争いか?」


「アタシは望んじゃいなかったんだけどね」


 当人にその気がなくとも立場ある者は思い通りに動くことは叶わない。なまじ力があればあるほど、縛り付ける鎖は強くなる。


「お前は姉に勝てるか?」


「無理だよ。アタシ1人じゃ逆立ちしても勝てない」


「どれほどの戦力があれば奴を殺すことが出来る?」


「同じ存在を連れてくる以外に方法はないな。或いは神様でも連れて来るか」


「現実的な対策を聞いている」


「これが覆しようのない答えだよ」


 葵は最初に見せた力ない笑みを浮かべる。


 覇気のない顔、諦めきった言葉であの女の強さが嘘偽りでないと証明している。誇張をしたところで全てが事実に変わってしまうほどの力があるのだと物語っている。


 女王と直接相対しているわけではないにも関わらず、話を聞いているだけで、その脅威が嫌というほどに伝わってくる。


 しかし、ここで諦められるほど楽な道を歩んではいない。


 まだ、夢の途上なのだ。止まるわけにはいかない。


 拳を握り締め、普段と変わらない毅然とした態度を取る。


「お前は奴と戦うことは可能か?」


 芥子川けしかわの問いに葵は逡巡する。先ほど答えたときと同様にいつもの精彩さが無い。まるで鈍の剣を見ている気分だ。


「お前は俺に部下の助命を願い、それに応じるために今現在手駒を動かしている。奴らと比較すれば吹いて飛ぶような数少ない戦力だ。それで今更戦いたくないという戯言が通用するとでも思っているのか?」


「無理な話だろうね。でも、どっちに転んでも袋小路。あいつらを助ける道を選んだとしても姉さんには勝てない。選ばなくてもお前に殺され、お前は姉さんに殺される」


「勝つか負けるかは二の次だ。やるかやらないかを聞いている」


 芥子川けしかわの鋭い眼光が葵を見据える。これ以上の泣き言、反駁は許さないと物語っている。


「どうしてアタシにそこまでこだわる?」


「ゲームに勝つには、優秀な駒が必要だからだ。特にクイーンの替えなど滅多にあるものじゃない」


「アタシまで駒扱いかよ」


「俺の元にいる限りは例外なく駒だ。人間も吸血鬼も関係ない」


「じゃあ、1つだけ忠告をしておくよ」


 前置きをして、葵は口を開く。


「星ばっかり見てると泥沼に落ちるぞ?」


「言われるまでもない話だ。次に来るまでに返事を用意しておけ」


 言葉を返すと芥子川は背を向け、歩き出した。

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