第115話 結解3(琵琶坂サイド)
白衣を脱ぎ、ベージュのコートに袖を通す。最後に乱れきった顔を整えるためにトイレで化粧直しを行う。
メールで指定された時間は、今日の19時。場所は都内にあるファーストフード店だった。
用意を整えると黒子は第二支部を後にする。
タクシーを呼び止めて一先ず駅へ向かう。それから幾度か乗り換えて時間通りに指定された場所に入った。
マップに表示されている場所を確認すると、やはり場違いとしか言いようがない。
雑居ビルの1階と2階にあるファーストフード店は特段珍しくない場所だ。並んでいる人々もカウンター席でハンバーガーを食む人間もよくある姿。非日常の存在が日常に紛れ込むように黒子は列に並んで、ハンバーガーにポテトとオレンジジュースを注文した。
1階席は埋まっていたため2階に上がって包み紙を解き、早速ハンバーガーに齧りついた。マスタードの辛みとピクルスの酸味が美味しいことこの上ない。最近食べていなかっただけに余計に美味しく感じる。
ハンバーガーをあと少しで食べ終えようとしていたところで、待ち人が来た。
「お待たせしました」
エウリッピ・デスモニアはテーブルにプレートを置いて席に着く。メニューは黒子のオーダーよりもメニューが多めだ。
姿を確認するとワインレッドのロングヘアを後ろで束ね、スタイルの良い体は黒のライダースーツで覆われている。出るところが出ていて引っ込むところは引っ込んでいるため目に毒という言葉がこれほど当てはまるものはない。男だったら落ちていたと確信した。
「敵を呼び出すなんてバカなのかしら?」
悪態をつきながら黒子はポテトに手を伸ばす。
「そんな呼び出しに応じている貴女はもっとおバカじゃないかしら?」
耳にしてギロリと黒子は睨む。殺意を滲ませた視線を受けたところでエウリッピ・デスモニアはどこ吹く風だ。
ハンバーガーの包み紙を解くとまるで1人で食べているかのようにハンバーガーに齧り付き、「~ん、美味しい」と口にする。
「帰っていいかしら⁉」
テーブルをバンッと音が鳴るほどに勢いよく叩いて黒子は立ち上がる。取って返せば外へ出ることが出来る。
しかし、エウリッピ・デスモニアは動かない。勢い良く立ち上がったところで、動くことが出来ない。周囲の視線が集まったところでハンバーガーを食べていたときと変わらぬどこ吹く風の姿勢を貫いている。
ジュースを飲んでから彼女は口を開く。
「顔、強張ってますよ?」
目を細め、口角を上げながらエウリッピ・デスモニアは黒子を見る。胸の内側に手を突っ込まれているような気持ち悪さを覚え、足が動かない。
「折角来てくれたんですから話し合いましょうよ」
ジュースを掲げ、エウリッピ・デスモニアは席へ戻るように促す。周囲を見渡すと一般人も多い。騒ぎが起きれば簡単に納めることは出来ない。
騒がない方が得策と判断し、黒子は席に戻る。
「呼び出した理由を教えてもらえるかしら?」
憮然とした顔で問いかける黒子に対してエウリッピ・デスモニアは無表情だ。
「こっちに付きませんか?」
前置きも無しに本題に切り込んできた彼女に言葉が出ない。
「バカだって言ったけど、頭の螺子何本抜けてるのよ…」
煙草を取り出すとエウリッピ・デスモニアは火をつける。吐き出す紫煙は彼女の内に潜む狂気が形を持ったかのように見える。
「さぁ、常識なんていう吸殻以下の存在は覚えてませんよ」
「で?こちら側についてくれますか?」
顎の下で手を組みながらエウリッピ・デスモニアは問いかける。恍惚とした表情と整った顔のパーツが合わさると恐ろしいほどに妖艶に見える。
「お断りするわ」
「理由をお聞かせくださいます?」
断りの言葉にエウリッピ・デスモニアが間髪入れずに言葉を被せる。
「信用できない。それだけ」
「同族の誼でお願いしたいのですが」
「同族?」
今度は黒子が怒りの眦を向ける。出奔したときのことが昨日のように思い出せる。
それほどに、許せない、忘れがたいことだ。
「私を散々迫害して、追放して、戻って来いって?力がない。戦えない。ただ、それだけの理由で追い出すだけ追い出して、今更戻って来いって?今度は出戻りなんて理由で迫害するつもり?」
全ては力によって決まる世界。
力がない者に待ち受けているのは、生きていることさえ許されないと言えるほどの地獄だ。
しかし、力というのは何も腕力に限った話ではない。
自分のプライドを何処までも削り落とし、自分の力の無さを受け入れることが出来るかという問題があるが。
思い出して、自分でも予想していなかったほどに捲し立ててしまった。喉が渇きを訴え、ジュースに手を伸ばす。
「私は何も迫害はしてないですよ」
「見ていて何もしないのは紛れもなく同罪よ」
「義を見てせざるは勇無きなり、とでも?」
「私たちは人じゃないわ」
一区切りをつけるように黒子はハンバーガーを食む。
「人の方が案外恐ろしいかもしれませんよ」
ポテトに手を伸ばし、エウリッピ・デスモニアは親指と人差し指でポテトを挟んで口に運ぶ。ちらりと白い歯が見えた。
「アンタたちに同調している輩が居るということは分かってるわ。わざわざご教授いただくまでもなくね」
「人の中に居たから良く知っていると?」
「少なくともアンタよりは知っているわ」
「で?何を知っていますか?」
組んでいた手を解き、今度は足を組む。エウリッピ・デスモニアのグラマラスな唇が開く。
「人間の本質?欲望?感情?心?」
「如何にも頭いいですよアピールな言葉をベラベラと語らないでもらえないかしら?聞いているだけで恥ずかしくなるわ」
「重要なことだと思うけれど?蔑ろにしていいことじゃないほどにね」
「私の仕事においてそれを無視することが出来るとでも?」
最後の一口を食べ終えると黒子は口周りに付いたパンカスを指で取る。
「
黒子はまるで自分の内側を見られているような感覚に襲われる。
「私のことを知ったように言うのね」
「貴女の知ったかぶりに少しばかり腹が立ちましたのでね」
物言いが腹立たしい事この上ないがペースに飲まれてしまう可能性が高いため口を閉じる。これ以上この場に留まり続けていると自分の首を絞める結果につながることになることが容易に想像できる。
「腹が立つならこんな女と話をするのも嫌よね?」
立ち上がると黒子は早々に立ち去ろうとする。
「自分が狙われる立場にいるとは思ったことはありませんか?」
突然そのような言葉をかけられ、黒子は後ろを向く。
「狙われるならアンタね」
「私は弓を向けたりはしませんよ。銃口を向けてもね」
「言葉遊びをするつもりは全くないんだけど」
呆れたように肩をすくめ、再び体を反転させる。
「同調する連中が貴女を殺そうとするとは考えませんか?」
「あるわよ。こんな立場だからね。寝首を搔かれることは常に想定して動いているわ」
いい加減に鬱陶しいという想いを表に出さないようにしながら黒子はエウリッピ・デスモニアに対応する。
「じゃあ、今この場で仕掛けてこようとしているとは、考えませんか?」
そう言ったエウリッピ・デスモニアの黒目が窓に向く。大げさでない動作が如何にも不安を煽っている。
「確かに短慮な連中は山ほどいるわね。でも、私と結びついている奴はまともよ」
「まともですか?その男も?」
エウリッピ・デスモニアの言葉を聞き逃すまいと耳を澄ませていた黒子は、「男」と言ったことを聞き逃さなかった。
動揺したところを、あの女は見逃さなかった。
「知らないと思いましたか?」
勝ち誇るようにエウリッピ・デスモニアが薄っすらと笑みを浮かべる。
「全部知ってますよ。
淡々と、世間話をするように語る彼女の姿に黒子は恐怖を覚えた。
何処から情報が漏れたのか分からない。
パソコンには徹底したプロテクトを施してある。更にデータは定期的にバックアップを取りながらハードディスクも含めてこまめに排除している。それに研究室も対人センサーを付けてある。侵入者を検知すればすぐに知らせが来るようになっている。
そうであるなら、スパイの仕業しかない。だが、問い詰めたところでこの女は誰がスパイかを明かすことはない。むざむざ手札を晒す真似をするほど愚かではない。
全身の穴と言える穴から汗が噴き出して足から力が抜けていく。
「今後のことについて、ゆっくりお話ししましょうよ」
噴き出しがあるなら「ニコッ」と書き込みたくなるほどの笑顔をデスモニアは浮かべた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます