第114話 結解2(琵琶坂サイド)
コンコンっと扉を叩く音が聞こえ、黒子は了承の意を示した。
「失礼するぞ」
短い断りの言葉が聞こえると芥子川が入って来る。アポイント通りの時間だ。
時計を確認すると、少し程度の誤差しかない。
用意していた椅子に
「相変わらずマメね」
「数少ない取り柄だからな」
「嫌味にしか聞こえないわよ?」
少し呆れ顔で黒子は言葉を返す。対する
「お前や弦巻ほどの力はない」
「その歳で委員会に名前を連ねているっていう事実が物語っていると思うけど?」
「まだ中継点だ」
そこまで言うと芥子川は黒子が用意したコーヒーを口元に持っていく。
「ブルーマウンテンよ。いつも通りにね」
ズズッと小さな音を立てながら芥子川はコーヒーを啜る。
「頼んでおいた件はどうなっている?」
黒子が頼まれている話は2つある。内容は両方だろうが。
「Ⅶ関係は全て処分済み。あれ以上のスペック強化は望めないからね」
「現状時点で勝てる見込みは?」
「恐らく無理ね。並みの連中を相手にするならまだしも弦巻葵とさしでやり合える連中を相手に回したら、話が変わるわね」
「『メルクリウスキュ―ブ』については?」
最も知りたいところとしては、ここだろう。
「残念ながらまだ分からないわ」
それから黒子は話を続ける。
「そもそもあれが何の目的で作られたかという出発点から分からないのよね」
『メルクリウスキューブ』と名付けられた得体のしれないモノ。
記録によれば20年ほど前に四国の近海で毒素が納められた瓶と共に発見された物体ということが分かっている。同じ場所で見つかった石棺や未知の遺物は研究者が死亡した際に上層組織である『アニマ』に召し上げられたと聞いている。このキューブを芥子川が黒子に託している理由は、殆どのことが分からないからだ。
調査した結果については、全くもって不明。前任者の記録はキューブを回収した際にはハードディスクも含めて全て抹消されていたために詳細を知ることは叶わなかった。
しかし、生物の身体機能や情報処理能力を飛躍的に高める機能を有しているということは黒子の調査で判明している。今の段階では肝心の条件が不明であるため本当に微々たる前進としか言いようがない。
大きさは手のひらサイズで線や紋様などは何も無い鉛色をしている。手触りは金属と変わらない。熱せば熱くなり、冷やせば冷たくなる。見た目や性質から判断すれば金属ということになるのだが、いくら調査してもデータがはじき出されない。マシンの不調を疑って調べたところ、何の異変もなかった。
よって、構成している物質については不明である。
名前の由来については詳しく知らない。前任者が付けたものをそのまま使っている。ただ、立方体という形状から後者については正解だ。
「誰がこんな得体のしれないモノを作ったって話よ」
短く溜息をついて黒子はテーブルに突っ伏そうとして止める。砕けた口調に戻ってしまったせいで葵と話をしている気分になってしまった。
「別に構わないぞ。口外したりはしない」
「んじゃ、遠慮なく」
許可が下りるや黒子はテーブルの上に突っ伏す。
「ところで、葵は何処に行ったの?」
ジッと黒子は芥子川を見る。答え次第で今後の指針が変わるため、何を考えているのかを見極める必要がある。
「こちらで保護している。今は中央だ」
「どうするつもりなの?」
「奴の答え次第だ」
突っぱねるように芥子川は答えを返す。
「こっちにも情報回してよ。勝つための算段が付くかもしれないからさ」
黒子は体を伏したまま要求を口にする。
「今は外に漏らすわけにはいかないのでな」
「中央にいるってことは明かしているのに随分と中途半端ね」
「下手にこねくり回されて情報が洩れるよりはマシだ。お前ならやりかねんからな」
「誇大評価ね」
「事実だ。現在奴らと戦えている状況が何よりの証拠だ」
立ち上がると黒子はコーヒーを2人分淹れなおす。
「煽てたって何も出ないわよ?」
「範囲外のことを求めるつもりはない」
「個人的なことを散々頼んでおいて良く言えたものね」
短く溜息を吐くと黒子は口角を上げ、目が妖しく光る。
「報酬は十分すぎるほどに渡しているはずだ。まだ、何かを求めるか?」
「強いて言えば、データが欲しいわね。研究者としては」
「分かった。全員に言い含めておこう」
立ち上がると、芥子川はマグカップに残ったコーヒーを飲み干すと部屋を辞した。
誰も居なくなった部屋は普段と変わらない雰囲気に戻る。
「ふぅ…」とため息をつくと黒子は空になった2つのマグカップを回収してシンクまで運んで洗った。早速作業に戻ろうとしたところで、ポケットに仕舞ってあった端末が揺れた。
ディスプレイに表示されたのは、非通知だった。
無視してしまいたいという衝動に駆られる。
しかし、羽狩の拠点の1つが真っ向から叩き潰された前代未聞の事態の只中。良き悪しきの仔細は不明であっても、無視をするべきではないだろう。
余計なことは話さないと、自分の胸に鍵をかけて強固に閉ざした上で指をディスプレイに伸ばす。
ゴクッと喉が鳴りかねないほどに生唾を呑みこんでディスプレイをスライドする。
「もしもし…」
緊張で上手く声が出ないかと思ったがすんなりと声が出た。
『琵琶坂さんで間違いないでしょうか?』
妖艶な女性の声が返ってきた。聞き覚えはあるが、声の主を思い出すことが出来ない。
「何者でしょうか?」
警戒心を露にしながら黒子は応じる。
『エウリッピ・デスモニア』
答えを耳にした瞬間に、黒子はディスプレイに触れようとした。
エウリッピ・デスモニア。
500百年を優に生きる怪物で葵に勝るとも劣らない戦闘力の持ち主。
しかし、何よりも恐ろしいものは、頭の良さだ。下手に会話を続けてしまえば自分の首を絞めることになる。
『反射的に切らない方がいいわよ』
警告とも受け取れる言葉を受けても黒子は通話を切ろうとする。
『死にたくないでしょ?』
続けられる言葉に黒子の指はディスプレイから離れる。
「どういう意味?」
『直接会ってお話しましょう』
「敵と会うつもりはないわ」
明確な拒絶を込めて声音をぶつける。
『そちらにとっても悪い条件は提示しませんよ?』
更にデスモニアの言葉が続く、
『最善の選択を期待しますよ』
その言葉を最後に通話が切れて、メールの受信を知らせる音が聞こえた。
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