第89話 底辺22(ポルリルーサイド)

 空気を裂く音が聞こえた。咄嗟にルイは振り向くと同時にサベージを振り、迫っていた弾丸をぶった切った。真っ二つに分かれた弾丸は虚しくアスファルトの上に落ちる。

 狙撃場所は何処か視線を走らせる。


 音の発生源、弾丸が飛んできた場所。

 姿が目に入る。

 スコープに顔を付け、うつぶせの状態でこちらを見ている。狙撃直後のためか移動する気配はない。

 自分を殺せそうと思い込んでいる愚か者。

 自分を殺そうと躍起になっている愚か者。

 自分を殺そうと使命に燃えているであろう愚か者。


 とりあえず、殺しておこう。


 サベージを構え、狙撃手の元にルイは駆け出そうとする。

 そこで間隙を縫うように男が迫っている。

 恰好はカルナと変わらないが、表情からは怯えが見える。彼女と一緒にいたから剛毅な人間というのは安直な発想だったようだ。得物は大槍で懐に飛び込めば問題はない。出だしは突きから始まる。

 このタイミングで仕掛けてきたのは疑うまでもなく陽動。人間が考えていることは実に単調で、愚鈍で、面白みに欠ける。

 カルナを脇に捨てて攻撃を避けると、空いている左手で槍を受け止めて右手のサベージで首を狙うも柄で防がれる。更に男は反撃に移るが、動くのはルイの方が早い。

 腹部を狙って蹴りを放ち、ガードごと強引に突破する。順序は変わってしまうが、ルイは最初に男にターゲットを改める。


 埃だらけで血に濡れた姿。砕けたアスファルトを退かしながら男は諦めずに這い出てくる姿は滑稽に映る。

「痛いのがお好き?」

 ルイの言葉を無視して男は槍を構える。

「無視されてしまうのは流石に傷つきますね。相槌の一つぐらいは打ってもらえない…」

 言い終わる前に男が突貫してくる。

「おおおおおお‼」

 声を上げながら男は槍を振り下ろしてくる。だが、動きはさっき以上に素早く力強い。サベージで攻撃を受け止めることを諦めて距離を取ろうとしたところで、穂先から濃緑の煙が溢れた。一気に視界が封じられる。


 この程度の視界封じであれば、普段は特に問題なく先にある景色を見ることが出来る。だが、霧の中に微細な粒子が大量に漂っていて全身の像を見ることが出来ない。

 しかも、男の後ろにガキが控えていて同時攻撃を仕掛けてくる可能性がある。尤も現状を見ることすら出来ないだろうが。

 とはいえ、用心に用心を重ねたところで損はない。

 ルイは導器ミーセスを抜いて自らに突き立てる。

 一度使用してから大して時間は経過していないため変化までのタイムラグはない。少しだけ継続時間が短くなるというだけの話だ。

 共鳴リベラスに移行するとルイは再び顕れた白炎の翼を広げ、羽を周囲にまき散らす。同時に霧が少し消える。


 見えるところで眼前の男に命中する。奥にいるガキには一部を鞭に変換して差し向ける。ただ、霧に遮られて上手くコントロールが出来ない。眼前に敵がいる以上はあまり奥の敵にばかり構っていられない。

 触れるだけ。それだけでいい。

 ただ1回の動作だけで、思考回路を一方的に知ることが出来る。それが「宵劈く羽音グラウクス」の能力。

 勿論、こちらの思考回路を一切読まれることはない。

 繋がり、伝わってくる。2人の思考回路。カルナのものと合わせて2人分。奥の敵には当たらなかったようだ。

『絶対に殺す‼吸血鬼‼』

 眼前の男の声。カラリと湿気のない晴天の空のように曇りのない殺意だ。

 再び霧が濃くなり、槍持ちの男の姿が消える。

 しかし、全ては掌の上だ。


 霧が漏れ出ている穂先が迫って来る。それをヒラリとルイは躱し、柄を持つ右手をサベージで切り裂く。

「クッ‼」と男は呻き声を上げて距離を取ろうとする。だが、逃がすつもりはない。霧に逃げられたら面倒なことこの上ない。

 いくら読めるとはいえ、無限ではないのだ。

 ペロッと舌なめずりをするとルイはチーターを思わせる素早さで距離を詰めようとするが、直後に聞こえた風切り音を耳にして飛び退く。直後に弾丸がアスファルトを抉った。

 あと少し反応が遅れていたら、心臓を貫かれて死んでいた可能性があった。

 顔を上げると、男の姿は既にない。霧の中に消えたようだ。

 直ぐに突っ込んでも良いが、一度行動方針を頭の中で再設定を始める。


 手始めにカルナを一切の反撃を行えないように体を破壊するという案が出る。ただ、その手段を取ると四肢を切断しなければならない都合上時間の浪費と隙を晒すことになる。殺すという選択肢が一番合理的な答えであることは自明の理であるが、絶対に取らない。本命から逸れることだけは、やりたくはない。

 となると、目の前の男を殺すというのが一番合理的な選択肢になる。問題点としては連携だ。命取りになりうるような脅威にはなりえるものではない。羽虫がまとわりつくような鬱陶しさは容認できないからだ。

 殺すこと自体は難しくないにしても、手段がない。少しばかり自分の能力が身体強化系でないことを少し恨めしく思った。

 2本目のサベージを抜き、構える。

「姿を現してくれないかしら?隠れん坊は好きじゃないのよ」

 ルイは霧に消えた男に向けて声をかけつつ、未だに動きをみせないガキにも注意を払う。ついでに分かっている情報を呼び起こす。


 恰好は他の面々と変わらない。黒のスーツに紺色のプロテクターを装備している。目つきこそ多少は冷徹な色を放ってはいてもあどけない顔立ちはまだまだ尻が青いという証左。見た目と内面が釣り合っていないということはないだろう。

 加えて日焼けのしていない色白の肌。黒髪と黒目はこの国では珍しくはないとはいえ、体はあまり筋肉が付いておらず華奢だ。戦士としては頼りないことこの上ない。持っている太刀もお飾りに見える。子どもが遊びで振り回す棒きれとすら思えてしまうほどに。


「遊びは好きなんだよ‼」

 毒々しい霧の中から男の声と銃声が聞こえた。思考が読み取れたため対処するのは容易だった。それからナイフが飛んでくる。別に対処は難しくはない。

「食らぇ‼」

 大振りではなく、鋭い刺突。

 予備動作無しで、毒素を多分に含んでいる。思考を読めていなければ、確実に対処することが出来なかった。

 甲高い金属の音が響き、男の腕が空に上がる。

 剥き出しの腹部。プロテクターで覆われていたところで、紙装甲という言葉がピッタリだ。

 濃度も強さも色を増していく。だが、どれほど大言壮語したところで、毒素は人間にとっても有毒だ。これ以上は保てない。

「私も大好きですよ」

 ルイは、昼間の腹部にサベージを突き立てた。

「でも、虐殺ワンサイドゲームが」

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