第85話 底辺18(昼間サイド)

「人間にしては、思ったよりもやるようですね」

 切り結んでいるレイノラートが初めて口を開く。

「褒められても嬉しくないな」

「人間は認められることが何よりも大好きと伺いましたが、違うようですね」

「認められたい相手、られたくない相手ってのがいるんだよ‼」

 啖呵を切り、切っ先を連続で突き出す。

「そうですか。言葉を尽くしたところで無意味となれば、力を尽くすほうがお好みということですネ?」

 勝手に1人得心を得たと言わんばかりにレイノラートはサーベルを切り上げ、穂先にぶち当てる。見た目は精々が細マッチョというレベルで、何処からこれだけの力が出て来るのか理解が出来ない。

「ですが、人如きが付いてこれますカ?」

「ああ、付いて行ってやるさ‼」

 弾かれた槍を頭上で捻って穂先をレイノラートめがけて振り下ろす。

「おや」という声を上げ、意表を突いたはずの一撃はあっさりと対処される。

「1人と言わずに2人でも3人でも自分は構いませんよ?」


 ―強い。


 最初に浮かぶ言葉は、これだった。

 これまでに相手にしてきた吸血鬼とは比にならないほどの戦闘力を有している。

 膂力、判断力、冷静さ。全てが高水準。しかも、先ほどから口にしている言葉とは裏腹に態度は全く油断していない。

「3対1でやったらお前が負けるかもしれないぞ?」

「あくまで提案ですよ。乗るかどうかはそちら次第です」

 後ろで手を組み、悠然と構えている。挑戦者を待ち受ける達人を思わせる雰囲気に呑まれそうになる。

「出来れば、まとめてやってくれると助かるのですがネ」

 初めて口角が上がる。戦闘が始まって以降は無表情を貫いていただけに不気味さが勝る。


「自分としても、主が勝つ瞬間を見届けたいのですよ」

「随分と忠誠心が深いな。吸血鬼にしては」

「自分たちの価値観だけに当てはめるのは感心しませんね。人は」

 嫌味に嫌味が返される。これも初めての経験だ。

「十把一絡げに戦闘好きと言われるのは好きではありませんね」

「事実としてそうだろ?お前たちの振る舞いは」

 人らしい物言いに昼間は眉を顰める。

「確かに我々の性ではありますね。ですが、我々にも『個』という概念はあります」

「化け物が人らしく語るな」

「不思議には思いませんか?我々と人は、よく似ていると」

 何か狙いがあるのかと思い、昼間は警戒を強める。状況が向こうに有利に傾いている以上は姑息な真似をするとは考えられないが。


「似ていない。何1つとして‼」

 上げられていた槍を叩きつけ、そのまま連続の突き技に切り替える。だが、穂先は、再び躱される。幾度かこの状況は遭遇しているため分かっている。

「おおおおお‼」

 反転させた槍、正確には柄がレイノラートの頭上にめり込む。これは完全に予想外の一撃だったようで、反応が遅れた。

 上半身が右側に傾き、足が止まる。

 この隙を、逃すわけにはいかなかった。


「死ねぇ‼」

 昼間は叫んだ。誰に叫んだのかは、当人にしか分からない。

「グッ…‼」と短いうめき声を上げて視線を昼間に向ける。

 眼鏡は吹き飛び、頭部から血を流しながら睨みつける姿は今の状況が予想外のものであることを証明している。

 しかし、昼間は、動く素振りを見せていない。

 咄嗟に眼前から攻撃が来ると思っていたであろうレイノラートはサーベルを前に構える。

 結果から言うなら、完全に今の行動は命取りになった。

『サヨナラ』

 一言、無情な言葉を昼間が聞くと同時に、レイノラートの上半身が破裂した。


                   ♥


「こっちは終わりました」

 離れた道路から九竜くりゅうが近づいてくる。返り血を浴びながらも全くと言っていいほどに動じていない様子は一端の戦士になっているということを感じさせる一幕だ。

「そっちも終わったみたいですね」

「丁度な」

 顔に付着した血と汗を拭うと昼間は脱力して座り込む。


「大丈夫ですか?」

 歩いていた九竜が駆け寄って来る。心配そうな表情を浮かべる顔には嘘偽りはない。

「ああ。問題ない」

 端的に答えると槍を杖代わりに立ち上がる。戦闘自体は短かったにもかかわらず体にかかった負担は思ったよりも大きいようだ。

「隊長は?」

「すまん。分からない」

 戦闘が始まってから2人は大きく移動してしまった。フィールドが大きい上に死人が出ないという状況は、彼女にとって天国とも言える状況だろう。待っていれば、直ぐに居場所が分かりそうである。

「雨夜さん」と九竜がチャンネルを切り替えて控えている彼に一声かける。

「そうですか」や「はい」という言葉を続けると通信が終わる。

「位置が分かりました。ここから9時の方向です」

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