第84話 底辺17(九竜サイド)

「活きのいい奴が来たぞォ~‼」

 耳に入る第一声は、気分を害するものだ。5人が手に持った剣を片手に襲い掛かって来る。直後に一番右側に居た吸血鬼の上半身が破裂した。橙木とおのぎの仕業だろう。観測手も無しによくここまで的確な射撃が出来ると素直に思うほどの一撃だった。

 狙撃手の存在に気が付いていなかったらしい吸血鬼の間に動揺が走る。大きく見開かれた目は、その事実を雄弁に物語っていた。


 この隙を逃すまいとオレは太刀を抜くや左奥にいる吸血鬼の心臓めがけて突き技を放つ。「ズプリ」と皮膚、肉を貫いた感触が太刀を通して手に伝わってくる。続けて、反応が遅れた右隣りの吸血鬼に向けて刃を振り抜く。

 普通なら防がれてしまうような単調な攻撃でも、今は凪ではない。嵐が吹き荒れる心情では、対処できる攻撃すら対処できない。


 残りは、2体。正確には3体だが、戦線に立ち続けることの出来る吸血鬼という括りに限定すれば、2体だ。

 中段に構えつつ、周囲を警戒する。単独でこの場に乗り込んできていない以上は、まだ増えると思っていたほうがいいだろう。

 しかし、誰かが後ろを守ってくれているのというのは、とても心強い。

『あと2体、問題なくやれる?』

 通信機越しに橙木とおのぎの声が聞こえる。

「1体だけ。そちらでお願いします」

『了解したわ。次の地点まで持ちこたえて』

 通信に答えると、オレは前に意識を戻す。

 会話をしている間、敵はこちらに仕掛けてこなかったところを見るに、すぐ近くに橙木が居ると思い込んでいるようだ。こちらとしては願ったり叶ったりだ。

「お前は、もう1人のほうを殺せ」

 吸血鬼が短く会話を交わす。勿論、この距離で聞き逃すことはない。

 左側に立っていた吸血鬼が後ろを向く。今にも走り出そうとしている。


 決定的な瞬間まで待つべき。その判断は本来褒められるべきだろう。ただ、2人いる以上は悠長なことを言ってもいられない。

 オレは、中段の構えを解いてデストロイによる射撃をした。残っていた吸血鬼は弾道を見切ったようですぐに迎撃に出た。その間にもう1体が動き出そうとする。

 オレはデストロイを捨て、腰を落としつつ柄に手を添える。

 一直線に、躊躇いなく振り抜く。

 乾坤一擲けんこんいってき。その言葉に相応しい一撃でオレは吸血鬼に向けて太刀をぶつけようとする。向こうもやられじと、剣で防ぎにかかる。


 拮抗している。ギチギチと金属と金属が接触して耳障りな音を立てる。

 吸血鬼の背が遠ざかっていく。手を伸ばせば届くはずの距離がどんどん遠くなっていく。

 役に立たねばという想いは。自分がやらなければという想いは。ずっとある。

 それでも、焦りが芽生えそうなシーンであるはずなのに、オレの頭はクリアだ。

 最初に吸血鬼を殺したときと変わらない冷たさが、内に広がっていく。まるで臓腑に氷塊を落とされたような感じだ。


「逝け」

 そう呟いた瞬間に、太刀が剣を半ばからへし折る。あのときと同じだ。

 力が全身の隅から隅。それこそ、毛髪の一本一本から足の爪の先まで行き渡ったように体中に力が溢れる。

 吸血鬼の腹部を蹴って、動きを封じるや心臓を一突き。残りは1体だ。

 オレは間髪入れずに、太刀を投擲した。

 葵に受けた一撃をイメージして行ったが、見様見真似もいいところだ。

 あと少しのところで外れた。気落ちする暇もなく駆け出し、太刀を回収して追撃に入る。

「何なんだよ‼あいつはぁ‼」

 さっきまで見せていた威勢の良さは何処へやらと言いたくなるほどに吸血鬼は逃げの姿勢を見せている。

 さっきまでは止めなければと思いながら走っていたが、今となっては都合がいい。 流れに任せておけば問題ないと判断して足を止める。

 最初に見た光景と同じように、直後に吸血鬼の上半身が消し飛んだ。

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