第83話 底辺16(九竜サイド+姫川サイド)
懐中時計を取り出し、レイノラートと名乗った吸血鬼はオレたちの方を見る。
葵は既に離れた位置に移動しつつある。巻き込まないための配慮ということだろう。つまり、援軍を望める状況ではない。外で待機している連中についても以下同文だ。
「ですので、残られた方は、ここで終わっていただくとしますネ」
さっきまで浮かべていた薄ら笑いが消え、代わりに能面の如き白い顔が現れる。声音も粘っこいものから水を弾く鉄の如き淡白なものになっている。後に、背後に控えていた吸血鬼が従う。整然と動く様子、靴音は訓練が行き届いていると考えた方がいいだろう。
「最後に、言い残しておくことはありますか?」
「ねぇよ」
レイノラートの問いに昼間が返す。
「これは驚きました。ビックリです」
言葉とは裏腹に門前で構える警備員のような姿勢で喋る姿には説得力がまるでない。
「生憎と、俺には言葉を伝えておきたい人間は、誰もいない」
昼間の言葉は、抑えがたいほどの怒りが込められている。槍の持ち手が「ミシリ」と音を立ててしまいそうなほどに力を入れている。
「それはご無礼を」
再び、慇懃に一礼する。だが、耐えかねた昼間が短く息を吐く。
「お前、友達いないだろ?」
「おや?日本人と呼ばれる人種は礼に始まり、礼に終わると聞いておりますガ?」
「人らしいことを言うんだな。吸血鬼が」
首をかしげるレイノラートに対して、昼間は暴言をぶつける。
「何処か間違えてしまいましたか?それは、失礼しましタァ」
言葉を言い終えると同時に、レイノラートが前に出る。
オレと昼間は、特に示し合わせることもなく、それぞれの敵の元に向かう。
♥
「援軍、送らなくていいの?」
指の間に挟んだ棒付きキャンディを弄びながら
「ああ。まだだ」
普通なら無礼者と一喝されそうな状況でも雷は落ちない。集った全員が彼女の実力を担保しているからだ。尤も本来この場にいるべきメンバーの約半分が出払っているため説得力はあまりない。
「そっか」と
この区画を確保するのに事前準備は色々と必要になった。
まず、今回の作戦で損害を被ることになる企業への支払い。金額的には一番費用が必要になる。実際に算盤を見たことはないためいくら必要になっているのかまでは不明である。
次に警察や政治家への根回し。話がまだ通用しやすく、これまでに培ってきた関係があるため一番楽。
最後に大手のネットニュースサイトの運営者への圧力。一番面倒だった事案だ。
使命感、熱意というものほど手を焼くものはない。感情というものに話し合いというものが基本的に通じないからだ。ネットに嘘か真か分からない情報が乱立するようになってしまった今の社会。
国民の情報を仕分ける目は半世紀前とは比較にならないほどに鋭くなっているらしい。その世代に生きていない
よって、ひとたび情報がネットに出回ると、あっさりどれが本当の事かを見極められてしまう。しかも、拡散速度はパンデミックと呼んでも差支えのない速さと影響力がある。常日頃から端末を覗いている緋咲音にとっても他人事ではない。
「ふぅ~ん。保つかな?あの吸血鬼?」
「大丈夫ですよ。彼女は強いです」
緋咲音の疑問に
「意外。てっきり嫌ってると思ってた」
「そうですか?僕は彼女のことを嫌ってはいませんよ。寧ろ、必要な人材だと思ってます」
語る口調に嘘は感じられない。滑らかで、聴く者に安心を与える声音だ。だが、外見と中身はまた別の話。
「死んでほしくないって割にいつ頃やるの?」
「もうすぐだ」
端的に、抑揚のない口調で芥子川は緋咲音の質問に答えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます