第82話 底辺15(九竜サイド)
閑散とした夜の街。前回と違って喧騒どころか人の声は聞こえない。どういう力を働かせればこのような環境を作れたのか知りたいところである。
舞台は夜のオフィス街。元々人通りが少ないということを踏まえてもビルに光が1つもないというのは不気味だ。加えて風を除く音、靴音以外の音が無い。さながらゴーストタウン、人類滅亡後の地球に取り残された気分だ。
闇。照らす月も、星も厚く塗りこめられた雲に覆われていて光源と言えるものは外灯ぐらいしかない。真っ暗ではないにしても限られた光しかないというのは無に等しく心細い。
「本当に誰もいないですね…」
「だな」とオレの感想に昼間が相槌を打つ。つい目を逸らしそうになる。
「あんまり気負いすぎるなよ」
逸らす寸前で声をかけられる。
「ありがとう…ございます」
気まずくて、ぎこちない言葉を返す。
それからしばらく歩いていると
「どうした?」
何か不審な物でもあったのかと思ったらしい昼間が彼女に問いかける。だが、橙木は一向に口を開く気配を見せない。
「この場で言うのは…違うと思う。でも…」
途切れ途切れにしながら橙木は何かを言おうとしている。だが、抵抗があるのか中々言葉にならない。
「関係ない話は後でやれ」
先を言えない橙木に葵は言い放つ。
「この前は、その…ごめん…なさい」
葵の言葉に促される形で橙木は言葉を口にする。それにオレはどのように答えればいいのか分からない。
沈黙が流れる。戦場とは関係のない気まずい空気が流れる。
「話はあとでしてもらえる?」
空気を払うように葵が冷たい視線を寄こし、「すみません」と橙木が頭を下げる。
話を切り上げると進行が再開され、交差点に差し掛かる。その前に橙木は狙撃地点に相応しいビルに目星をつけて移動した。
見ていて、ここから消える彼女の背中に手を伸ばしてしまいそうになる。
どうしても、小紫の姿が脳裏に散らつく。
だから、その背を見送らず、ただ前だけを見た。
中央に足を踏み入れると葵は歩みを止めて柄に手をかける。
穏やかだった水面が揺れるように空気が震える。
「来るぞ」
オレは太刀を抜き、昼間は槍を中段に構える。
目に映ったのは、闇の中に舞う白い光。鬼火を思わせるように闇に揺らめく白い光は何の知識を有していなければ怪現象としか受け取りようがないだろう。
純白に輝く羽は優美という言葉では足りないと思えてしまうほどに優雅で、美麗だ。纏っている当人の姿形、衣装は前回遭遇した際と特段変化は何も無い。
違うところは、翼と胡乱気だった瞳に活力が満ちていることぐらいだ。
「お待たせしました。カルナ・アラトーマ」
天使のような吸血鬼が降り立った。
♥
ポルリルーが交差点中央で足を止めた葵たちと面を合わせる。単独でこの場に姿を現す可能性が最も高いと踏んでいたが、最初から解放状態でこの場に乗り込んで来るということまでは予想していなかった。
ポーカーフェイスを保つ。維持できなければ、こちらの動揺に付け込まれることになる。それも踏まえて葵は入念にポルリルーの姿を観察する。
赤い瞳というのは変わりがない。エスニックな服装も髪も特に変化は見られない。
しかし、白い炎で練り上げられたあの羽。
どのようなギミックが仕込まれているのかは分からない。
見た目から推測するに燃やす能力があると考えるのが妥当だ。尤もそれは先入観もいいところで、張りぼての可能性も無きにもしもあらず。対処は手探りで行うしかない。
「どうでしょう?」
ポルリルーは爪先で一回転する。新調したばかりのドレスを見せびらかすようなしぐさに対して葵は
「剥がれることがお望みか?」
「つれないですね。舞踏会はお嫌いですか?」
「嫌いだよ。女の子らしいことは趣向に合わんからな」
「そう仰らないで下さいよ」
今にもぶつかりそうな2人の間に別の人物が割って入る。背後に5人ほど続いている。
「誰だ?お前」
自分の記憶フォルダにアクセスするも、特にこの男に関するデータはない。面識は全くないということが分かる。
「失礼。私は副官を務めているテオドール・レイノラートと申します」
慇懃に一礼する。白い服と相まって礼儀正しい存在だと思えそうなところであるが、舐めているという印象を拭えない。
「主の死に様を見に来たか?」
「主が貴方を殺すところを見に来ました」
丸眼鏡のブリッジを触って言う。
禿頭に感情の読めない目。薄ら笑いを浮かべる顔はそれが最初から設定された顔とでも言わんばかりに板についている。
「ということなので、自分は手を出しませんのでご安心を」
再び一礼する。余りにもわざとらしい、慇懃無礼な態度に不快さのゲージが一気にマックス近くまで上昇している。
「お前、見ていると心底腹の立つ奴だな」
眉間に皺を寄せ、葵は言って飛び出す。
「お相手、お願いしますね」
間にポルリルーが割って入って、葵はそのまま戦闘状態に入った。
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