第81話 底辺14(ポルリルーサイド)
「退屈ね」
テーブルの上に置いてある灰皿に葉巻の灰が落ちる。白と黒のコントラストに交じりながら必死に赤々と光る熱は、目の前で命が尽きる光景に重なる。
両手を鎖で縛られて吊るされている女。
生きてはいても目に光は宿っておらず白い床を見つめる目は何もない一点を見つめている。まともに衣服や下着を身につけず、裸体を血に染めている姿は筆舌に尽くしがたい暴虐に晒されたという事実を証明している。
これなら、死んだ方がマシだろう。生きた屍として慰み者とされるよりは。
因みに何処から攫ってきたのかは知らない。部下が勝手に連れて来た。それ以上のことは全く分からない。
部下の一人が鞭を持った手を振り上げ、裸体に打ち込む。「ベチン‼」という耳にするだけでも痛々しいどころではない音が聞こえる。
こんな姿でも悲鳴は上げる。ただ、最初のときと比較すると音量は大きく低下している。普段なら快楽となる苦痛の声音はあまり楽しめない。
「もっと活きのいい者を連れて来ましょうか?」
普段通りならこの辺りでポルリルーの飽きがくることを理解しているレイノラートが提案する。ただ、ポルリルーは答えずに次々に飛び出す悲鳴に耳を傾けている。
答えない彼女を不思議に思いつつレイノラートは灰皿の横に置いてあるグラスにブランデーを注ぐ。カランと逸れる氷の音が聞こえた。
「あとどれくらい残ってる?」
「50人ほどです」
ポルリルーの問いにレイノラートは即答する。マメな性格なだけあって記憶力は確からしい。ただ、問いと答えが一致しないということは往々に起きえる。
「違うわ。出るまでの時間よ」
予定では20時を予定している。そこで、カルナ・アラトーマと対峙することになっている。
「失礼しました」と一言謝罪の言葉を言い、懐から取り出した懐中時計を見て18時であることを告げる。グラスを持つとポルリルーは一口舐め、掌で弄ぶ。
「たまには景気づけでもしておくかな」
一息にグラスを空にするとポルリルーは立ち上がり、部下から鞭を受け取る。
「ねぇ?大丈夫ぅ~?」
嫌味たっぷりの声音で、自分でも理解できるほどに喜色満面の顔で近づき、ルイは壊れた女に言葉をかける。
「…ㇱ…テ…」
裂け、ボロボロの唇で空気を吐き出す。辛うじて言語として機能しているのか分からないものが零れる。
『殺して』と言っていることは分かる。
耳元に唇を近づけ、囁くように続ける。
「イ・イ・よ♪」
顔を離すと持っていた鞭をこれまで以上の強さで打ち付ける。
皮膚が裂けて、血が飛び散る。
更に肉と脂肪が床に落ちる。
血が重ねられるように、悲鳴が厚さを増していく。
後悔。今更したところで遅い感情が芽生えて欲しいと思わずにいられない一幕。殺されるなら、一息に喉を掻っ捌いてと一言を付けるべきところだった。
しかし、やる側にとっては実に好都合だ。愉しみが増えるのだから。
どれぐらい叩いたか。気が付いたときには、死んでいた。
溜息をつくとテーブルに戻り、傍に控えるレイノラートに告げる。
「愉しみたい?」
言葉の先を察した彼は満面の笑みで頷く。
「いいわよ。たっぷり味わって」
地上には
「では、そのように」
一礼するとレイノラートは、抑え込もうとして抑え込めない笑みを押し殺そうとしながら部屋を辞した。
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