第66話 離別23(九竜サイド)

 白い天井が目に飛び込んできた。


 起き上がろうとするも体が重い。うまく起き上がれず1分ほど悪戦苦闘して起き上がった。腹部が酷く痛んだ。


 自分の姿を確認すると想像以上に酷い状態にある。全身にガーゼが貼られ、包帯が巻かれている。特にひどいのは腹部の傷だ。自分の体ながら生きていることが奇跡のように思える。


 何があったかを思い出そうと記憶を掘り起こそうとする。だが、霞がかかったように輪郭が朧気で全容を思い出せない。


 頭を抱えていると扉を開く音が聞こえ、橙木とおのぎと昼間が入ってきた。


「思ったよりは元気そうで何よりだわ」


 橙木はそう口にしたが、表情は違う。心底オレが生きていることを恨めしく思っていると物語っている。対する昼間は強い不安が顔から漏れ出ている。こういったときにすぐ姿を見せるであろう小紫はやって来ない。


「何があったか覚えている?」


 厳島にしたときと同じ状況だ。つまり、オレは何かに巻き込まれたということになる。だが、答えられるものは何も持っていないためオレは首を横に振るしかない。

 答えを聞いた橙木は唇を強く噛みしめると立ち上がった。


「邪魔したわね」


 語気に強い殺意が籠っているような気がした。


 何か気に障るような発言をしたのか分からない。小紫こむらさきの姿が見えないことが関係しているのだろうか。


 橙木とおのぎに尋ねてもまともな答えが返ってこないことが分かるため昼間に聞いた。


 しかし、反応したのは彼ではなく、橙木だ。普段とは違う大股で歩み寄ってくる姿は無理やりに感情を押さえつけているように足音も大きい。


 衝撃が顔を襲ったことに、最初は何が起きたのか分からなかった。理解が出来たのは2回目の衝撃が顔に走ったときだ。


 殴られた。一発どころでは終わらずに何発も続く。


 怒り、悲しみ、憎しみ。


 様々な感情が入り混じった泣き顔は話さずとも何があったかを雄弁に物語っていた。


「止めろ‼」と昼間が羽交い締めにして止める。だが、橙木は矛先を何処へも向けることが出来ずじたばたと足掻く。


「お前…何で…何で!!一緒に居たのに‼」


 たった一言。その言葉でオレは自分が何をしたのかを理解した。


 小紫の姿が見えない理由。葵がここに姿を見せない理由。つまり、そういうことになる。


 言葉が出ない。口を開くも言葉が出てこない。何か言おうとしても喉が動かない。


「お前のせいじゃない」


 昼間がフォローするように言う。


「覚悟はしている。その場にいた奴らは誰もが死ぬかもしれないと分かっていた。だから、お前は関係ない。偶々、そこに居合わせただけなんだ」


 苦悶の表情の奥に潜む感情は橙木とおのぎと同じなのだろう。


「まだ皆混乱しているんだ。すまない」


 謝罪して昼間は橙木を連れて病室を後にしようとするが、彼女は激しく抵抗している。普段の澄ましている姿からは想像が出来ないほどに感情を露にしている。


「止めるなよ‼こいつのせいで…‼」


 昼間に引きずられるように橙木の声と姿が遠ざかっていく。


 2人が居なくなってオレは項垂れた。


 どうして、自分だったのか。今更思っても益体のないことが頭をよぎる。


 それでも、1つだけ。1つだけ、どうしようもないほどに確かで、目を背けられない事実が存在している。


 自分が原因でまた人が死んだ。


 また、誰かを傷つけた。


 本当はオレが死ぬべきところで、生き残ってしまった。


「ごめんなさい…。ごめんなさい…。ごめんなさい」


 幾度その言葉を口にしたかは覚えていない。


 ただ、壊れたレコーダーのようにずっと、その言葉を呟いていたようだった。

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