第65話 離別22(葵サイド&橙木サイド)
壁をぶち抜いた先に待っていたのは、酷い血の臭いがする世界だった。
臭いで慣れ親しんだ人血であることが一発で分かる。濃さからして致死量の血液が幾人分も漏れ出てしまっていることも。だが、強さから推察できることは11人分。1人足りない。まだ、1人は助けることが出来る可能性がある。
頭を切り替え、手始めにサードニクスを封じにかかる。
幸いなことに眼前にいる。
『Gaaaaaaaaaa‼』
突き出した手を見てサードニクスはオブジェクトでガードする。だが、全ての衝撃を殺しきることが出来ずに後退する。吹っ飛ばなかっただけでも十分だろう。
「こんなところで会えるとはなぁ‼」
歓喜の笑み。強がりは感じられない。対応次第ではアタシに対処できるということだろう。止まり、姿を観察する余裕が出来たことで得心がいった。似たような姿ならこの一撃を止めることが可能だと。つまり、長居は無用。下手に殺そうとすればこちらが先にガス欠になる。
受け止めるサードニクスに対して更に力を加え、ガードを崩しにかかる。
「この程度でっ‼」
後ずさるが、耐えている。考えていた以上にしぶとい。また意表を突くとしよう。
『邪魔ダ』
自分の声とは思えないほどに低い重苦しい声音。
これまで叫んでばかりだったところに突然冷静な声を浴びせられれば驚かないということは基本的にない。サードニクスは表情こそ冷静さを保っているが、力の入りが僅かに甘くなった。
あと一押しと力を込める。それでようやくサードニクスのガードを崩すことが出来た。とはいえ、殺すことが目的ではない。この場所から一刻も早く逃げ出さなければならない。
葵は振り向くとすぐに後ろへ向かい、誰が生きていて倒れたかを確認する。その遺体の1つから目を離すことが出来なかった。
甘楽が死んでいた。理由は一目瞭然だが、一瞬だけ頭が真っ白に塗り潰されそうになって目を別の場所に向ける。
少し離れた場所に
動こうとした矢先に壁の穴からポルリルー、フォスコが接近する気配を感じ取った。時間はない。
脱出するには両者を回収することは出来ない。必然的に生きている方を回収せざるを得なくなる。
腕部と脚部にエネルギーを集約して速度を上げ、九竜の元に移動。そのまま体を抱える。
追撃のことを加味して正面ではなく上からの強行突破を選ぶ。同じルートを取ろうとすれば5分以上の時間を浪費することになる。加えて追撃を警戒して精神的な疲労も上乗せされる。
問題点としては、合流した後の行動。撤退までにどれだけの時間を要するか。最悪必要最低限の装備だけ持ってという選択肢も入れておく必要があるだろう。
エネルギーの集約が終了し、一気に飛び上がる。
天井を易々と突き破り、暗闇の世界に踏み込んだ。
来た道と同じ深さを帰るだけなのに、全く違う距離を移動しているような感覚に陥る。
残り時間はあと3分ほど。間に合わなければ地中に取り残されることになる。
急がなければという焦燥感がエネルギーの噴出を促進する。その甲斐があってかすぐに暗闇は終わりを告げた。
♥
捜索班が突入して1時間近くが経過している。外に変化はない。敵が現れることはなく、通信も何もない。スコープ越しに見える光景はずっと変化がない。
「何もないな」
同じ思いを抱いている昼間が痺れを切らしたように橙木に話しかける。可能であれば下に控えていてほしいところだが奇襲を警戒してガードに付いている。
「そうね」
味気ない言葉を返す。あまり話をしたくないためここで会話を打ち切ろうとするも昼間はまだ会話を続ける気配を見せている。
「不安なのは分かるけど黙ってなさい」
断ち切るように橙木は会話の切片になり得るものを潰す。彼女も胸に抱く思いは同じであるが。違うところがあるとすれば、葵の死を何処か願っていることぐらいか。勿論そのような願望を抱いていることはおくびにも出さない。
変化があったのは、すぐ後だった。
「地震?」
僅かな揺れを感じる。震度2程度の少し不快に感じる程度だ。それが少しずつ強さを増していく。直後には地鳴りのようなものまで聞こえてくる。
「何だ⁉」
突然の事態に昼間が慌てた声を出す。対照的に橙木はスコープから顔を離し、端末を使って周辺のマップを展開する。
「高エネルギー体が上昇してくる‼あと5秒⁉」
今現在そのエネルギー体が存在する場所は地下の半ばだ。
5…4…3…。
端末から顔を離し、スコープに顔を付ける。
敵であれば、撃ち抜く。橙木はその意の元に引き金に手を添える。
2…1…。
瞬間。廃倉庫の天井の一部が消し飛んだ。それから音が発生し、衝撃波が橙木たちを襲った。
スコープに罅が入り、狙撃は不可能になった。そもそも、速すぎて狙撃など出来なかったが。
「何…あれ…」
橙木は双眼鏡を覗いて対象を見る。
悪魔。その言葉が相応しいように見える。お伽噺にでも出てきそうな存在が蒼穹の彼方から落ちてくる。
「貸してくれ!」
断りを入れた昼間が双眼鏡をひったくり覗き込む。自分の物を使えと普段は突っぱねる橙木もこの状況に頭が追い付かず突っぱねるのを忘れた。
「あれ…」
昼間が落下してくる物体を指さす。勿論遠すぎるため肉眼で見ることは叶わない。今度は橙木がひったくり覗き込む。
ー
シルエットは彼に似ている。見えるのは背中と臀部ぐらいで顔は位置のせいで確認できないため確信は持てない。
他の捜索隊はどうなったのか。そもそもあれが誰なのか。理解の追い付かないことが次々に押し寄せる。
まさか、という恐怖が頭の中に沸き、否定する。あの2人に限ってそんな事態はあり得ない。そんな状況に陥る前に手を打つはずだ。
変化が起きたのは落下まであと少しというところだった。
魔人の体に赤い光が灯り、糸が解れるように体の表面を覆っていた装甲が消えていく。そして、正体が露になる。
葵だった。顔はまだ完全に解除されていないため確認は出来ない。それでも、リボンのような物体に混じっている金髪は見間違いようがない。
「無事だったか…」
横では2人が取りあえず生きていたということに胸を撫で下ろしている。
同じように胸を撫で下ろすべきなのだろう。
涙を、流すべきなのだろう。
そのはずなのに、橙木の胸には安堵よりも恐怖の方が比重を占めていた。
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