第63話 離別20(バルカサイド)
崩れ落ちる小紫を、オレは見ている。
手を伸ばせば、届く距離にいた。それなのに…。
―あのときと同じだ…‼
後悔、絶望、憎悪。それが浮かぶよりも先に、あの事故の光景がよみがえる。
オレを助け、死んだ父の姿が浮かび上がる。
今でも、細部まで思い出せる。
抱きしめるように事切れていた。下腹部から伝わってくる粘り気のある液体。それに
全てが鮮明に再生される。求めていないのに、無駄に正確に。
重なる。父と小紫が。
湧き上がる。相も変わらずに地に伏している自分に憎悪が、嫌悪が、絶望が。
―立て。
声が聞こえた。聞き覚えのない声。
力が入る。鉛のように重かったはずの体が軽くなる。
やることは、決まっている。
目の前の敵を、
♥
殺した小紫の体を横たえる。死に顔は往々にして常に気分を高揚させるものだが、例外は如何なるものにあるらしい。
少しだけ、笑っている。苦しんでも、後悔をしてもいない。そんな顔だ。
苛立ち。直後に沸き上がるのは、驚きと羨望。
溜息をついて俺は後ろを向き、残りのガキに標的を切り替える。
変化が起きたのは、直後だ。
ゆっくりと立ち上がっている。伏せたままの顔はどんな表情を浮かべているのか見えない。絶望している顔なことは間違いないだろうが。
だが、ゆっくりだったのはそこまでだった。
突然、動きが早くなった。何が起きたのか分からないながらもサードニクスは『ギギ』を構える。
目が合う。胡乱でいたはずの目が鋭くなっていく。
不思議なことはある。
生きていれば、到底理解の出来ないこともある。だから、深くは考えない。余計なことを考えずに殺すだけ。
ギギを突き出して仕掛ける。解放状態にある烈風は威力も速度も比にならないほどに上がっている。
しかし、躱された。怪我人とは思えないほどに機敏な動きで烈風の連打を躱す。加えて太刀まで回収される。
「器用な奴だな」
間合いにまで接近されたためギギでの直接攻撃に切り替えて迎撃に出る。だが、左肩部分のプロテクターとスーツを削るに留まる。真下にまで接近され、突きで喉元を狙ってくる。
大して速くなく、受け止めるのは容易い。だが、前回の出来事を踏まえると油断は出来ない。
サードニクスは受け止めることはせずに顔面を殴り飛ばすことを選ぶ。拳が触れる寸前で、躱された。咄嗟に右手で突き出された刃を防ぐ。
押し込んではくるも恐ろしいと感じるほどではない。十分に押し返すことが出来るぐらいの力だ。それでも、気にかかることがある。
動きが怪我人とは思えない。重傷とは言えないまでもすぐには動くことが出来ない傷を与えた。短時間で動くことが出来るはずがない。
先ほど見せた激しい動きをすれば体への負担は酷いものになる。出血多量で死ぬ可能性もあるだろう。何が起きたのか分からずバルカは傷口を見る。そして、驚愕した。
塞がっている。短時間で塞がるはずのない傷だったはずが。
「貴様…何者だ⁉」
信じられないという思いが自然と口を動かす。
目の前にいるそれは答えない。
敵意、憎悪、嫌悪、絶望。
負の感情が綯い交ぜになった強い眼差しにサードニクスは射貫かれる。
正体を知るというのは重要なことと理解していても、それ以上に答えたくなる。
「いいぜぇ!きっちり答えてやるよ‼」
受け止めている右手を払って生まれた隙を埋めるように左足を出す。更にブーストも加える。威力を大きく上昇させた蹴りを正面からストレートに受け、それは盛大に吹き飛んだ。
人間ならば確実に死んでいるであろう衝撃が加わっている。骨と肉にめり込む感触が手に伝わる。
しかし、それは起き上がる。まるでゾンビだ。
体のふらつきから見てダメージを受けていることは確認できる。
状態から察するにあばらは確実に折れている。内臓が損傷していても不思議ではないほどの一撃だったのだ。
絡繰りが分からない。何がそれの足を、体を、心臓を動かしているのか。
そこまで考え、サードニクスの脳裏に1つの結論が浮かび、即座に否定する。
自分たちと、似ているなどと。
サードニクスが逡巡している間に、それは体勢を立て直して太刀を中段に構える。何か他と異なる点はないかを見極めようと姿をつぶさに観察する。
構える姿勢に不自然なところはない。何らかの力を働かせている形跡、不意打ちを仕掛けてくる気配、別の得物に切り替える素振りはない。傷を治療できてしまっているところを踏まえると傷を治す何らかの能力を持っていると踏まえたうえで戦う必要がある。そこに考えが及ぶにあたってサードニクスは頭を振り、その発想を頭から追い出して頭を戦況の分析に切り替える。
持久戦に関しては向こうに分がある可能性がある。
解放してから既に5分が経過している以上は何処かで解除する必要がある。いつもなら多少の無茶は押し通してしまうところだが、目の前にいるそれは、どれだけ否定しても得体のしれない存在であるという事実は揺るがない。無視してよい事実ではないのだ。
「その化けの皮、剥がしてやるよ」
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