第58話 離別15(九竜サイド)

 最悪という言葉以外が思い浮かばない。突然現れたイレギュラーによって生じた焦りで体の芯から頭、爪先が冷え込んでいく。


「勝負は一騎打ちが好みなんじゃなかったか?」


 フォスコ以外にも気配が2つほどある。


『あら、バレてしまいましたか』


『伊達に俺の席に座っていたわけではなかったらしいな』


 壁が開いて声の主が姿を現し、フォスコの脇をカバーするように立つ。


 ワインレッドのスーツを着たホスト風の若い男、薄黄色のエスニック風の服を着た妙齢の女。


 先日の2人だ。


「余計な真似をするなよ。サードニクス、ポルリルー」


 それぞれ名前を呼ばれて悪態をつきながら2人は応じる。


「大変そうだな。お前も」


「気にする必要はない。戦うのは儂とお前だけだ」


 言葉の通りだろうと葵は彼の姿を見て確信を得る。


 普段から身に着けているカーキ色の革鎧に導器ミーセスのレイピア、得意としている戦斧。何よりも葵を見る視線には戦意以外の感情が入り込む余地はない。


 しかし、得心のいかないこともある。


「そこの2人はお前の戦いを見学するために呼んだのか?」


 そんなことはあり得ないと思いつつも口にする。


「そのような下らんことをすると思ったか?戦いは見世物ではない」


「だろうな。なら、こちらからも後ろの奴らを狙うなんて勝負に水を差すような真似をしないことをおススメしておく。駒を今減らされるのはそちらとしても都合が悪いだろ?」


 葵はここにいないエウリッピに向けて言う。聞いているかどうかは分からないが、聞いていると予想して。


「そうさな。それが儂の意思だ」


 直後にサードニクスが飛び出す。


 早さは上々だが撃ち落とせないほどではない。それをフォスコも分かっているからこちらに仕掛ける素振りをみせる。


 戦斧が葵の頭蓋をかち割らんと迫る。命中すれば大きなダメージを負うことになるが動き自体は緩慢で回避するのは難しくない。


 避けると攻撃目標をサードニクスに切り替え、抜いておいたリッパーを投擲する。


 仕留めることは出来ないとしても毒素によって足を鈍らせることは出来る。だが、ここに閉じ込められたときと同じように降りてきた壁によってリッパーが弾かれる。挙句の果てに壁は1つに留まらず十重二十重と落ちる。


「最初からこれが狙いか」


 葵は着地して体勢を立て直し、フォスコに向き直る。


「貴様は部下のためとなれば己の身を顧みない。それ故に読みやすい。卑劣などと口にするなよ?これは戦だ」


 今すぐにでもサードニクスを殺しに向かいたいところであるが、壁を破壊しないことには行くことが出来ない。それを為すには目の前の敵を無力化するところから始める必要がある。


「誇り、名誉などと抜かしていた口が言い訳がましいな。騎士であるつもりなら甘んじてそしりの1つでも受けたらどうだ?」


 烙蛇おろちを抜き、中段に構える。


「そのようなものいくらでも受けよう。好きなだけ言えばよい。貴様が五体満足で立っていられればの話であるがな」


 フォスコが戦斧を振り抜き、周囲の空気が刃となって葵に迫る。


 血力ティグレを使用していないにもかかわらず轟音が耳朶を打つ。一方で尋常ではない力を内包した烈風を受けながら床と壁には傷が1つもつかない。


 間隙を縫うように葵は烙蛇おろちの刺突でフォスコの左腕を狙う。


「シッ!」


 心臓を狙うことが出来れば一番いい話だが、あからさまに避けてくれと言わんばかりの攻撃に従うつもりはない。ならば、少しずつ最短ルートで四肢を封じて無力化する方法を選ぶ。


 しかし、刺突の一撃は戦斧の柄に阻まれる。


 岩に打ち込んでしまったかのようにビクともしない。押し込もうとしても押し込めない。


「貴様と幾年共に戦ってきたと思っている?思考パターンに動きも、全てお見通しだ」


 柄が引かれ、葵の体は前のめりになる。そこを逃すはずもなくフォスコは柄で葵の腹部を打つ。


 行き場を失った空気が口から零れる。加えて力の入れ具合からこの状況を狙っていたとしか思えないほどに攻撃の威力は重い。


「ぬおらぁ‼」という掛け声とともにフォスコは戦斧を振い、葵は吹き飛ぶ。起き上がって自分の腹部に手を当てる。


 臓器に損傷は感じられない。だが、痛みを満足に感じる暇も癒す暇もなくフォスコが迫っている。


 大地を踏みしめるかのような重い足取りは巨人が歩いてくるような威圧感がある。反撃と決め込みたいところだが、主導権はフォスコに握られている。


 次々に迫る戦斧の一撃を躱しては防ぐ。その繰り返しの中でカウンターを決めるタイミングを探る。


「どうした?防ぐのに手いっぱいで悪態をつく暇もないか‼」


 言葉と共に脇から刃が迫る。防ぎはするも先ほどよりも込められている力が強い。少し押し込まれ、刃が烙蛇おろちごと体に接近してくる。


 ならばとこの状況を利用し、更には反撃の鏑矢として使う策を算出する。


 烙蛇おろちを握る手を離すと同時に葵は飛び上がる。戦斧が足元すれすれを通過し、汗が床に垂れる。


 デストロイを使って頭を破壊し、そのまま心臓も破壊する。策自体は単純極まりないものだ。最初にして一番の難関だった戦斧をクリアした以上は難易度自体の高さはない。


 しかし、デストロイを抜こうとしたところで眼前にポルリルーが現れた。


「ワタシのことも忘れないで下さいよォ‼」


 大きく目を見開き、右手に持った刃渡り10センチほどのナイフを突き出す。


「邪魔だぁ‼」


 ポルリルーの顎を殴り飛ばす。だが、まともな姿勢制御も行えない空中では大した攻撃を決めることも出来ずあっさりと体制を立て直される。正直に真下に降りることが出来ないためフォスコの肩を足場に前へ出る。


「邪魔ぁ?するに決まってんだよォ‼」


 薬でも決めたかのようにポルリルーは目を血走らせている。ただ、それは表向きの態度で、次は冷静に針を取り出して投擲を始める。


「ちっ」と悪態をつきながら葵は着地するや壁を目指して走り出す。腹部の傷に響いて二、三度咳き込んだ。


 着地点はまだ決めてはいないものの、何処へでも移動できるようにフォスコが動き始める。


「見下げ果てたな。信念を捨ててまでアタシに勝ちたいか?」


 フォスコは仁王立ちしたまま葵の言葉を受ける。


「笑止‼責務を放棄し、責任から逃げ出し、実姉すら見捨てた貴様がどの口を叩く⁉」


 睨みを利かせながらフォスコは戦斧を構える。


 このまま着地すれば、一瞬の硬直時間を突かれて殺せるだけの一撃を叩き込まれる。


「弁明すらしないことが何よりの証拠‼」


「最初から話など聞くつもりないだろ」


 言葉を返しつつ次の策を考える。


 使える武装は、デストロイが2丁にリッパーが1本。


 このままでは確認するまでもなく勝ち目はない。ポルリルー1人ならばまだしもフォスコもいるこの状況を切り抜けることは出来ない。


 こうなった以上は、使うしかない。


 しかし、それはフォスコも織り込み済みのはずだ。使わせるはずがない。


 ここまでの進行状況を鑑みるに周到に糸を張り巡らしている。葵の思考パターンを理解していると豪語した以上は全て織り込み済み。


 仕方ないが、少しらしくないことをしようと葵は動く。


 着地するや葵は反対側の壁に向かって走る。あとは最初と同じ要領で走り、ポルリルーに向かって接近する。その間にデストロイを抜く。


「歓迎‼歓迎‼さぁ、もっと愉しませてぇ‼」


 狂気じみた笑みをポルリルーは浮かべている。ある意味当然といえば当然の反応か。


 自分たちは多勢だ。何かあっても助けてくれるであろう味方がいるという安心感があるのだろう。


 実に愚かで滑稽な話だ。


 ポルリルーの眼前で待ち構えるフォスコの戦斧を切り抜け、一気にポルリルーに肉薄する。烈風によってスーツとプロテクターに裂傷が入る。


 ポルリルーの姿が射程圏内に収まる。


 これまでの戦闘から考えるに近接戦闘がメイン。暗器を用いてくる以上は中距離も心得ていると見ていいだろう。同じ土俵で一応は戦うことになる。


 それでも、隔たりは大きい。経験の差は戦いにおいてダイレクトに反映されるものだ。だからこそ、この「らしくない」方法を取る。


 ナイフの連撃を躱すと葵はデストロイの引き金を引いた。


「痛っ‼」と短い悲鳴を漏らしたポルリルーはバランスを崩す。左腕には銃創が刻まれ、左頬にまだ温かい鮮血が付着した。


 この事態を予期していたであろうフォスコが動き出していることが足音から判断できるが、遅い。


 隙を逃さずに葵は彼女の右腕を抑え、首元にデストロイを押し付ける。皮膚の薄い首筋からの反発はあまりない。


 今にも攻撃を仕掛けようとしていたフォスコの手が止まる。ここまでは計算通りで、あとはどれだけ早く用意を整えられるかという話になる。


 葵はポルリルーをフォスコに向かって突き飛ばし、腰の右側に納めている導器ミーセスに手を伸ばす。


 本音を言えば、使いたくはない。だが、自分の躊躇いが原因で取り返しのつかない事態になってしまうよりは余程いい。


 突き刺す。


 皮膚を、肉を、刺し貫く。


 異物が体の内側に入り込む感覚。


 数百年ぶりに神経を通して駆け回る。


 毛穴という毛穴が締まり、筋肉が強張る。


 昂る体と精神を落ち着かせ、解放の鍵を口にする。


「醒めろ。緋龍ベイバロン

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