第57話 離別14(九竜サイド)

 どれほど進んだのか分からない。時計があるため時間の経過は分かるが、マップがないためどれだけ踏破したのかを示すものがない。


 張り詰めた空気。後ろを見ずとも全員が警戒に神経を尖らせていることが分かる。


 襲撃を仕掛けられそうな場所は頭上を除いて存在しない。壁にどのようなギミックが仕掛けられているかは分からない。ゲームや小説でよくある話には、水が出てくるものや壁から矢や鎌が飛び出す罠がある。どっちにしても嫌な話だ。


 それにしても、と思う。


 この場所はあくまで氷山の一角に過ぎないのだろう。この下にはどれほど強大なものが潜んでいるのか想像もつかない。あのドレスの吸血鬼や厳島いつくしまのグループを皆殺しにした吸血鬼のような存在が何人も待ち構えているのか。考えるだけで恐ろしくなる。


「おい」とオレの後ろにいた別グループの男が葵に声をかけ、葵は「何か?」と応じる。中央のグループの隊長を務めていると記憶している。


「貴様はこの場所を知っているのか?」


「さっき言ったはずだ。ここを知っている。そう受け取れる旨の発言はしたはずだが?」


「違う。ここに何があるのかを知っているかと聞いている」


「知っている。勿論知らないこともあるが」


 のらりくらりとした葵の物言いに男はビーハイブを向ける。いくら葵でも至近距離で撃たれたら無事では済まない。


「知っていることを全部言え‼」


「ちょっと止めてください‼」


 オレは間に割って入る。この状況でいがみ合っている場合ではない。


「うるさい‼」


 余裕がない男は更に激情を爆発させて今度はオレに矛先を向ける。この状況で何も不安に感じるなというほうが無理な話であるが。


「知っていることは全部教える。ただ、アタシがいない間に色々と追加されている可能性、排除されている可能性。その点を踏まえて話を聴けるか?」


 無理な話だろう。何も知らないこの状況で知っているであろう人物から情報を与えられたらその情報を基軸に思考する。外れていた場合はパニックに陥る可能性が高すぎる。しかも、葵と反発しあっているとなれば可能性は増す上に同士討ちの確率を高めることになる。


「アタシの足元を掬うつもりなら聞かない方が身のためだぞ?そもそもここから生きて帰ることが出来る可能性は10%を切っている」


 窘めるというよりも半ば脅しのような言葉を葵はぶつけて銃口を掴む。


「撃ちたければ撃てばいい。ただし、アタシ抜きでこいつらを指揮し、逃げて帰れる自信があるのならね」


 捲し立てず、淡々と言葉を続ける。大声を出しているわけでもないのに身から放たれる迫力に後ろに続く者たちが息を呑む。


 諦めたように男はビーハイブを力なく下ろす。事態が収まったと確認できたのか葵は歩みを再開しようとする。異変が起きたのはこの直後だ。


 一歩目を踏み出した葵が剣を抜く。


「思ったよりは遅かったが、お出ましだ」


 進行方向の白亜の壁に穴が開いてドロドロした銀色の液体が流れる。流れからして侵入者を溺死なりさせるタイプの罠でないことが分かる。その証拠に液体は5分も経過しないうちに止まり、人型に変化していく。


「な、何だよあれは⁉」


 後ろにいる1人が漏らす。見ているオレとしても同意見だ。


ネガル。ここの侵入者排撃システムだ。強さ自体は大したことない」


「戦い方はありますか?」


 あの外見通りの存在であるのなら体は液体金属で形成されていることになる。生半可な攻撃が通用するようには思えない。


「強い衝撃を加えろ。そうすれば奴らは形状維持が出来なくなって液体に戻る」


「完全な消去は出来ないんですか?」


「今の装備では無理だ」


 オレの質問に答え終わると葵は跳ね、爪の只中に姿を消した。


                  ♥


 ネガルの相手をするのはいつ以来になるだろう。去ったときから改良されていないとは到底思えないが、今はこの状況を切り抜けるほかにない。


 跳ぶや真っ先に眼前にいたネガル2体の頭部を蹴り飛ばす。固体を蹴り飛ばしたにもかかわらず感覚は液体を蹴っている気分だ。頭部を失った体は九竜くりゅうに伝えた通りに液体に戻った。ここは相も変わらずらしい。


 着地すると同時に持っていた烙蛇おろちで3体を斬る。


 ネガルの主武装は文字通りにネガルを使った攻撃が主になる。強さ自体も取るに足らない存在だが、あくまでも人間の目線で語った話ではない。人間の視点で見れば1体ならまだしもこれだけの数は脅威と認識していい。


 斬った3体が液体に戻るのを確認した葵はそのまま前に進んで爪を斬って進む。本音を言うなら甘楽かんらたちの壁を取り除きたいところだが、穴を作るだけでも時間が必要になる。


 ネガルの最大のメリットは人海戦術を取れる点だ。放置しているとあっという間に作った穴を埋められる。だから、彼ら1人1人の力量を頼みとするほかにない。足を引っ張る者がいればいるほどに状況は悪くなる。


 1体の攻撃が髪を掠り、ひらひらと舞う。普段ならこんなミスをしないが、なりふり構っている余裕がない。後ろに可能な限り負担を増やすわけにはいかない以上はここで可能な限り殲滅し、ルートを確保する必要がある。


「はあっ‼」


 剣を振り抜くと前方にいる爪が1/3ほど消し飛び、液体に戻る。これが生物であれば多少なりとも反応を示して隙を作ることも出来るだろうが、これも期待できない。そうなると、動き出す前に無力化しなければならない。


 ―早く、早く、早く‼


 焦燥にも似た思いが剣を握る手に力を込めさせ、意識をひたすらに前へ向けさせる。意識をひたすら斬る方に集中させていたおかげで最初のネガルを除いて尽くを殲滅できている。そして、ネガルの姿が見えなくなると同時に眼前に人影が見えた。


「久しいな。アラトーマ」


 かつての同僚、ラーニエーリ・フォスコが仁王立ちしていた。

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