第56話 離別13(九竜サイド)

 薄暗いを通り越した闇の中を下っていく。聞こえるのは自分の息遣いと心音、僅かに聞こえる足音だけ。一寸先も見えない闇の中では正気を保つだけで苦労する。


 扉の真下は定番通りと言うべきか階段になっていた。それを体感で5分ほど下ると地下道に出た。


 周辺には特に怪しいところや罠らしいものは存在しなかった。ただ、地下に足を踏み入れた影響か通信環境はすこぶる悪い。


 葵の班編成は割とすぐに決まった。オレたちのグループを除くと参加していたのは中央から1グループに第三支部から2グループ。襲撃に備えて待機することになったのは橙木とおのぎと昼間、あとは中央から1つだ。


 1つの疑問として挙げられることは、どうしてオレがここにいるのかということだ。その理由は単純で葵と小紫こむらさきというグループの中でも最大の使い手がこちら側に配属されているから。だが、並び順はこの通りではなくオレは葵のすぐ真後ろに付き、小紫こむらさきが最後尾を担当している。


 葵を先導にオレたちは淡々と真っ直ぐ進み続ける。


 いつになれば、この道が終わるのか分からない。永遠と続く暗闇がオレの精神に揺さぶりをかける。


 ここで襲われたら、そう考えるだけで鼓動が激しくなる。


 葵が居るとはいっても彼女は独りしかいない。敵が多く潜んでいるかもしれないこの場所で襲われれば、真っ先に狙らわれることになる。


 会話なく、自分の鼓動と息遣いを聞き続けていると大きな音とフラッシュがオレたちを迎えた。


                  ♥                  


 強烈な光を浴びてオレは暗視用の装備を外し、眼前に広がる光景に息を呑んだ。


 白。純白。一点の穢れもない白一色の空間が眼前に聳えている。


 窓や装飾品と言えるものは何も無い。壁と床だけが存在する不要な物全てを取り払った空間だ。フラッシュの原因は天井に取り付けられたシャンデリアだと推測できる。それが奥までいくつも続いている。


 しゃがんで床に触れてみる。驚くべきことに白大理石だ。表面は良く磨かれていてつるつる、冷たさで鳥肌が立った。見渡す限り全てが同じ素材だった。


 しかも、隙間が存在していない。石にそこまで詳しくないためどれほどの価値があるのかは分からない。それでも、目測でここの高さと幅が2階建ての一軒家が収まるほどだと推察できるほどの広さを賄うとなると、どれだけの財力が必要になるかは想像がつかない。


「これは…」と装備を外しながら葵は前に出でる。


「見覚えがあるんですか?」


「清浄なワイルドロード。まさか、ここまで拡張していたとはな」


 オレの問いに葵は答える。言葉の意味は勿論分からない。


「連中の居城に通じる通路。そう考えてもらえると丁度いい」


 敵のアジトに足を踏み入れてしまったという事実にオレは血の気が引いた。他のメンバーも同じ反応をしていると思う。


 無理もない話だろう。迷い込んだ先が敵の本拠地に通じる道だったのだ。しかも、下ろうと後ろを見ると壁によって道が塞がれた後だ。


 つまり、前に進むしかない。


「構造は分かりますか?」


 立ち尽くしている者が多い中で小紫こむらさきが前に出る。彼女はこういった不測の事態になれているのか動揺している様子は見られない。


「覚えていることが確かなら、コントロールルームを破壊すれば抜け出せる」


 葵は下を指さす。


「大分長い捜索になりそうですね」


 困った主婦のような顔をして小紫こむらさきは溜息をつく。


「短くするための努力はするさ」


                  ♥            


 スクリーンを通じて葵たちが前に進む様子が見える。エウリッピはテーブルから手を放し、ワインを一口飲んでからキーボードを操作して通信を繋ぐ。


『何の用だ?』


 今も待機場所で泰然と待ち構えているであろうフォスコの声が聞こえる。


「もう間もなくそちらに行くと思われます。準備のほどはどうですか?」


『こちらの用意は済んでいる。時間は?』


 手を払ってフォスコのいる場所と葵たちがいる場所を繋ぎ合わせて到達時間を確認して『約20分』と答える。勿論これから仕掛ける妨害を考慮しての計算だ。


 出来ることならもう少し消耗させてから各個撃破を行いたいところだが、フォスコ以外の者たちが独断専行をして死亡という事態を引き起こさないとも限らない。


『了解だ。何かあれば連絡を』


「了解しました」


 言い残してエウリッピは通信を解除した。

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