第55話 離別12(葵サイド)

 血力ティグスの状態は確かにパワーこそ強力な状態だ。拳圧だけで衝撃波を生み出すことをやってのける様は人の理の外側にある力と言える。だが、王の手足メンブラルたちが使っていない以上は、変に身構える必要はない。練度は低いから。


 とはいえ、勝負を長引かせるのは得策とは言えない。


 勝負は一瞬。早々に相手の勢いを挫いて戦意を喪失させる。


 葵は1人目が腕を突き出そうとするところに合わせて烙蛇おろちを突き出す。しっかり攻撃が嵌った感覚を確認すると離脱し、次に標的を移す。


 やることはさっきと変わらない。得物がリッパーに変わるだけだ。ただ、烙蛇おろちとは違ってリーチが短いためダメージは先ほどよりは望めない。よって追撃を加える。


 リッパーが刺さったままの腕を捕らえると、そのまま鳩尾に右手の正拳を加える。


 直後に吸血鬼が悲鳴を上げる。それに構わず3人目へ向けて蹴り飛ばす。後ろの様子を確認すると甘楽かんらが丁度1体目に止めを刺したところだった。


 葵は2体目と3体目を2人に任せて4体目に攻撃目標を切り替える。


 残っている武装はリッパーが1本とデストロイが2丁。弾は未使用。剣はもう1本あるが、こちらは使用するつもりはないためノーカウントだ。


 判断はすぐに下る。デストロイを抜いて額に一発撃ち込む。これで殺すことは出来ない。だから、追加で顔面に蹴りを入れて動けなくしてから5体目に目標を切り替える。これは2人に任せるつもりはない。この状況はまだ奥に潜む者に見せつける必要がある。


 葵はリッパーで5体目に接近するやアクションを起こす前に心臓を貫いた。口から血を噴き出し、体が痙攣する。


 殺したことが確認できると葵は4人目に近づく。毒素が回っているとはいえまだ完全に死んだわけではない。


 得物をリッパーからデストロイに切り替え、止めを刺す。


 示威行為としては十分すぎるほどのインパクトを与えることが出来ただろう。甘楽かんらたちも既に処理を終えている。烙蛇おろちを鞘に納めると葵は廃倉庫の半ばまで進んだ。


「見えているだろ?これ以上アタシと戦うか、このまま逃げ去るか。好きな方を選べ」


 声を張り上げて宣言する。尤も実際のところは逃げてくれなければ困るのはこちらだ。


 次の連中にこの攻撃は通用しない。対策を取られて甘楽かんら白聖びゃくせいを集中放火されて瓦解する。


 基本的に吸血鬼は人間に負けることは無いという発想が根幹にある。正体に気づかれてしまえば、この策自体があっさり水泡に帰すところである。だが、勢いを失った今は懸念事項から外しても良いことだ。


 その証拠に見える範囲にいる者たちは及び腰になっている。仮にこのまま突撃を仕掛けて来ても控えているグループで足止めは十分。あとは足が鈍ったところを順次各個撃破という策で事足りる。


 一部に動きが起きる。見える範囲で確認できる吸血鬼が前進、一部が後退した。攻撃を仕掛けてきた者が全部で10体、後退したのが5体だ。


 吸血鬼と呼ばれる者には性というか風習として背を向けて逃げることを否定的に見るきらいがある。逃げるということは基本的に何か罠が張り巡らされているに等しいことになるが、この微妙な数合わせは判断に迷う。しかも、前進してきた数が二桁に到達している以上は後退した吸血鬼の追跡を行うことは不可能になった。これだけの数を同時に相手取りながらトレースをするなどという器用な真似は出来ない。


 葵は次の選択肢を決める。残りへの攻撃は放棄し、前面を殲滅。残りは後日に探し出して殺せばいい。今日のところはこれ以上藪をつつきたくない。


「行くぞ」


 一声と共に控えていたグループも内側に入って来る。


 武装はアサルトライフル型の逆鱗リベリオン『ビーハイブ』だ。近接戦闘を旨としている葵としてはありがたい。


 弾丸が発射されると同時に飛び出す。


 先ほどとは違って相対した吸血鬼に一撃を加えるだけだ。後はビーハイブが葬ってくれる。それに合わせて速さは弾丸よりも少し遅めに調整した。


 残っている吸血鬼については甘楽かんらたちや別グループに任せて次に移行。少しずつ単独での戦闘に切り替える。


 5分が経過する頃には2体を残すのみになった。葵は烙蛇おろちを下ろすと残りの吸血鬼に近づいていく。


「ここにマレーネ・ロ・ティーチと名乗る輩がいると思うんだが知らないか?」


 今回ここに足を運んだ最大の目的を口にする。


「し、知らない…」


 拍子抜けはしなかった。ある程度は予想出来ていたことだ。


「そうか。時間を取らせてすまなかったな」


 葵の後ろから現れた甘楽かんら白聖びゃくせいがそれぞれ逆鱗リベリオンを突き出して心臓を貫く。


 周囲を見渡しても既に誰もいない。戦っている間に離脱されたようだ。


厳島いつくしまの情報にあった廃倉庫にいた吸血鬼の掃討が終了しました。しかし、標的は確認できません」


 葵は淡々と報告を行う。このまま終了して欲しいという淡い希望は口にも表情にも言葉にも出さない。


『何か奴の手掛かりに繋がりそうな情報は得られたか?』


「何も得られていません。誰も彼もそのような吸血鬼は知らないと」


 この後に芥子川けしかわが示すであろう選択肢3つ。


 退くか追跡か調査。だが、芥子川けしかわの性格を鑑みるに2番目を取る可能性は低い。これが陽動作戦であったなら確実に敵がこちら以上の戦力で待ち構えている。


『では、引き続きそこの調査をしろ。何かわかり次第連絡を』


 その言葉を残して通信は切れた。


                  ♥

  

 音を言うなら調査も今回について言えば、ここが敵のテリトリーである以上は間違いなく悪手であると言える。


 外に真理たちを配置してあるとはいえ大挙して攻められれば打つ手はない。ここにいる大半は死ぬことになる。だから、芥子川けしかわが今回の判断を下したことに一抹の疑念が残る。


 廃倉庫を粗方捜索してみたが、吸血鬼の逃走ルートは掴めずじまいだ。


 窓ガラスを割って外に逃走した形跡は確認出来なかった。外へ出ていれば真理たちが補足している。身を隠す場所については最早論外だ。設備は撤去されている。


 残っている選択肢は限られてくる。


 葵は床の一角に隠し扉と思われる個所を発見した。つい最近動かしたようでこの場所だけ埃を被っていない。


 地上で捕捉されていない以上は地下に逃走している可能性が高い。


 地下を経由した逃走ルートがあると仮定すると既に地上に出ているとみるべきだろう。捜索を始めてから30分以上が経過している。人込みに紛れられれば見つけることはほぼ不可能に近い。


 或いは、地下に逃走するルートがなくこちらを誘い込む罠である可能性。閉鎖空間に閉ざされた上に電波が通じない場所にまで誘い込まれれば負けが確定する。それにエウリッピが戦略を組み立てているなら後者を選択することは容易に想像できる。


「どうかしたんですか?」


 考え込む葵の様子が気になったのか白聖びゃくせいが近づいてくる。


「ここが少し気になってな」


 誤魔化したところで誰かが見つける可能性が高いためあっさり白状する。しゃがんで床をまじまじと見る。


「中は?」


「まだ。碌なものが入ってないってことだけは断言できる」


「報告は?」


「それもまだ。下手に開ける気になれない。開けた瞬間にボンって可能性もあるわけだ」


 その可能性はほぼないに等しいことは音で分かっている。扉を動かすだけならば問題はない。


「…開けるべきではないですか?」


 恐る恐るといった口調で白聖びゃくせいが尋ねてくる。


「アタシ個人としては開けることに反対だな。この人数で挟撃されれば打つ手がない。黙っておくわけにはいかないから報告はしておく」


 そう言って葵は通信を芥子川けしかわに繋いだ。


「逃走に使ったと思われる地下道の入り口を発見。しかしながら、罠の可能性を考慮して突撃は後日にすべきと提案します」


『そうか。扉がどのような状態になっているか確認できるか?』


 葵は発見したときの状態、今の状態を事細かに報告した。


『お前としてはこの状況をどう見る?』


「アタシの判断を参考にすると?」


『私よりもお前の方が経験値は圧倒的に上だ。聞かない手はない』


 頭の中でアラートが鳴り響く。この話の流れから察するに芥子川けしかわは直ぐにでも進ませるつもりでいる。


「突撃はすべきだと思いますよ。ですが、現状は人数不足で装備も長時間の戦闘に耐えられるだけのものは用意していません」


 そもそもこの倉庫の詳細は確認した限りでは地下が存在していることを示す記述は何1つとして存在しなかった。


『こちらで確認している限りは負傷者はなし、装備にも破損は見られない。想定している戦力であれば今しばらくの戦闘ならば対応可能であると考えるが?』


 理屈の上ではそうだろう。だが、それは何事もなければという希望的観測のもとに成り立つ図式だ。現場で物事がこちらの予定通りに万事進むことなど基本的にあり得ない。


「お言葉ですが、彼らを知る身として言わせてもらえば、必ず何かを仕掛けていると断言させていただきます」


『根拠はあるのか?』


「勘ですよ。当になりませんか?」


 葵の言葉に芥子川けしかわは暫し沈黙する。両者が譲る気配を見せない以上は何処かで妥協案を持ってくることになる。出来れば、突撃せずに後日の行動をというのが最も望ましい形であるが。


『1時間だけの捜索だ。以降は日を改めて。これでどうだろうか?』


「了解しました。では、これより捜索班の編成に入ります」


 ここが妥当な線引きかと思いながら通信を切り、葵は振り返った。

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