第54話 離別11(九竜サイド)

 テーブルの上に置いていた端末が震えた。ディスプレイに表示されたのはメールの通知でスライドして早速中身を確認する。凡その内容は見当がついている。


 予想通りにカルナたちが動き始めたことを知らせる旨のものだった。


 エウリッピは端末を手に立ち上がると自室を出て階段を下りる。階層にして5階分ほどだ。一室に入ると自動で明かりが部屋を照らす。


 部屋には椅子と卓球台ほどの大きさを誇る大理石の石板が設置されている。部屋は会議室と同様にシャンデリアで光源を確保している。


 椅子に座るとエウリッピは初めに石板に触れた。すると今回の舞台となる廃工場のマップ、キーボードが表示される。


 赤い斑点はこちら側を示している。数は20。更に右手を払うと最上階のマップが表示される。


 チェックが終わると手を払い、マップを確認していく。全員が配置についていることが確認できた。


 石板の上にグラスを置き、ワインを注ぐ。手で弄んでから口に含んだ。初めの一杯の味にしては悪くない。あとは、これがどれだけ美味しくなるか。


「始めましょうか。カルナ。いや、葵でしたか」


                   ♥


『配置につきました』


 橙木とおのぎの報告で作戦に必要な準備が全て完了したことが知らせられる。


 目の前に存在するのは湾岸エリアの一角にある寂れた廃倉庫で厳島の報告があった場所だ。今日まで作戦区域内には侵入が出来ていないため内部構造や周辺の地図情報は半年ほど前の物になる。


 廃倉庫の半径1km圏内には特にこれといって留意すべきものは何も無い。内部も以下同様でマップを確認した限りは既に施設は撤去済み。唯一の懸念事項は吸血鬼の存在だ。扉前に2人いることからもここが奴らのテリトリーであることが分かる。


『総員配置完了です』


 狙撃手の配置が完了したことを受けて葵が芥子川けしかわに報告を入れる。


『作戦開始』


 その一声と共に動き出し、初めに吸血鬼の1人が橙木とおのぎの狙撃によって排除される。今回は『ヴァルキリー』を用いていないようで爆発はしていない。的確に心臓を撃ち抜いている。それを見て対処に遅れたもう1人の吸血鬼に切り込み役を引き受けた葵が斬りかかる。


 悲鳴を出す間もなく首が飛び、頭を失ってフラフラと不安定な動きをする体に刃を突き立て、止めを刺す。


 全滅したことを確認すると全員が移動を開始する。


 壁に身を隠して中の様子を伺うが、薄暗く内部を見渡すことは難しい。


『全部で18です。どうしますか?』


 葵は芥子川けしかわに尋ねる。吸血鬼の彼女にはこの暗闇の中でも数を把握するのは容易らしい。


『対処は可能か?』


『問題ありませんよ。私たちの班にお任せを』


 そう言って通信を切ると葵はオレたちに向く。


「聞いての通りだ。準備は出来ているか?」


「大丈夫ですよ。いつでも戦えます」


「右に同じです」


 小紫こむらさきと昼間は間を挟まずに言葉を返す。あとはオレだけで全員の視線が集中する。


「…やってみせます」


 2人と比べて迫力に欠ける弱々しい言葉だった。


                   ♥


 突入すると吸血鬼も用意を整えていた。


 パンプアップした体の所々が赤く発光している。爛々と輝く赤い瞳は正に吸血鬼のそれと言えるものだろう。攻撃1つを受けても死ぬことが確定していると思わせるほどの迫力を放っている。5体も目の前にいるのは悪夢だろうか。


「随分と手際がいいですね。こちらの襲撃を見越していたみたいです」


 冷静に目の前の状況を小紫こむらさきは分析している。彼女の言葉が確かならあの状態はすぐに変身することが出来る状態ではないことになる。


 つまり、今日襲撃があることを知ったうえでの行動ということになる。


「その話は後回しだ。呑気に話しながらやれる状況ではないからな」


 1人、葵は中に入っていく。小紫こむらさきたちがあとに続く。


九竜くりゅうは下がっていろ」


 案の定というべきかオレには後方待機が下る。葵の言葉が正しいため反論せずに扉前まで後退する。


 それを合図に戦いの火蓋が切られる。

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