第53話 離別10(九竜サイド)

 作戦当日は結局のところ小紫こむらさきの送迎で行くことになった。ここまではいつも通りで道中は彼女と与太話を交わしながら過ごした。


 到着は3番目だった。先に着いていたのは葵と琵琶坂びわさかだ。他のチームもまばらではあるが集結しつつある。


 第二支部と大差のない造りになっているビルの地下に警察の特殊部隊を思わせる服装で詰めている。無機質で寒々とした空間で光に照らされた特殊部隊の服装は映画の一幕を思わせる。

 芥子川けしかわの姿はまだ見えない。恐らく最後に来る手はずになっているのだろう。


「おはようございます」


 小紫こむらさきがいつもと変わらない柔和な笑みと挨拶で2人に近づいていくが、2人の纏う空気は少しピリついている。葵については言わずもがなであるが琵琶坂びわさかについては特に思い当たる節がない。もしかしたら、葵に同調しているからなのかもしれないが。


「ご機嫌麗しくはないようですね」


 堂々と小紫こむらさきは地雷を踏みぬいていく。見ているだけで緊張が走る。


「遠慮が無いというよりも恐れ知らずだね」


 踏みぬかれても葵は怒る様子はない。寧ろさっきまで纏っていた空気が少し和らいだように感じる。


「変に緊張していても良いことはありませんから」


「他の連中にも忠告してあげるといいよ。肩に力が入りっぱなしだ」


 葵の言葉につられて他のチームに目を向けると確かに強い緊張に襲われていることが分かる。葵が繰り広げた議論を目にした後では無理もない話であるようには思えるが。


「言ったところで聞く耳を持つとは思えないですよ」


「物は試し、少しは結束力が高まるかもしれないよ?」


 まともなことを言っているように聞こえるが実際には本気では言っていない。そんなことをすれば、悪い空気が余計に悪くなることはオレでも分かる。


「死体の山作りに手を貸すつもりはありませんよ」


 まともに請け合うことはなく小紫こむらさきは提案を一蹴した。


「そろそろこっちの仕事をしてもいいかしら?」


 話が途切れかけたところで琵琶坂びわさかが割って入る。扇子を扇いでいるところが長々と待たされていると暗に批判している。


「いいよ」と葵が許可を出すと琵琶坂は早速台車に積んであるアタッシュケースをオレを除く全員に取りに来るように指示する。


 重さは橙木とおのぎの『ヴァルキリー』を収めていたケースと同じぐらい、或いはそれよりも大きいもので中身が武器であることは簡単に判別できる。


 葵の物は長剣、小紫こむらさきは太刀だ。来ていない2人のケースも受け取る。更に前回整理した黒のアンダースーツにプロテクター、グローブとブーツが入ったアタッシュケースも受け取った。


「確かに」と言うと葵はケースを閉じた。


「じゃ、私は中で待ってるから」


 琵琶坂びわさかは用が済んだとばかりに第三支部の中に向かう。彼女を見送ると先着組のオレたちは更衣室に移動して着替えた。


 外に出ると昼間、橙木に出くわした。10分後には着替えた2人と合流した。


 芥子川けしかわがやってきたのはそれから20分が経過してからだった。天長あまながを伴って接近してくる。その氷のような目には葵の像が写っている。


「おはようございます」


 周りが距離を取って挨拶をする中で葵は特に避けることもなく正面から挨拶をし、芥子川けしかわも無視せずに挨拶を返して前へ進む。立ち止まるとオレたちを一瞥する。


「全員揃ったようだな」


 その言葉を皮切りに何か言い出すのかと思ったが、芥子川けしかわは何も言わない。オレを含め言葉の1つや2つはかけてくるだろうと思っていた者たちは困惑している。


「ありがたい言葉などいらんだろ?何を言ったところで説得力はない」


 困惑が静寂に変わる。どれだけありがたみのない空虚な言葉でも何かしらは言うだろうと考えていただけに、これは予想外だった。


「支配しろ。お前たちこそが真の強者であると証明するために」


 その短い言葉だけを残して芥子川けしかわは第三支部に戻る。訳が分からずに周囲を見てみると多くの隊員たちの瞳に強い意思が宿っているのが見えた。そのすぐ後には行動を始めた。


「ぼさっとしてると置いてかれるぞ」


 昼間に呼びかけられてオレは我に返り、葵たちの後を追った。

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