第52話 離別9(九竜サイド)
それから数日間は特に何もなかった。吸血鬼が起こしたと思われる事件が散発的に起きはしたもののセンセーショナルな事件は起きていない。
そして、明日が作戦開始の当日になっている。
体が緊張で強張り、心臓が早鐘を打つように強く脈打つ。目を閉じても眠気はやってこず寝返りを繰り返している。そうでもしていないと頭の中を不安が埋め尽くすことになる。
支配されたら、家から出ていけなくなる。
これで二度目だ。何も知らずに行った前回とは違って今回は戦いの一端を知っている。だから、思い出すわけにはいかない。
悶々とした状態を如何すべきかと思っていると端末が震えた。
時間は22時でまだ起きている者がいても不思議ではない。尤もオレが登録している人物は殆どいない。
誰かと思いながら手に取ると
「もしもし」
声に感情が出ないように努めながら電話に出た。
『あ、今大丈夫?』
声の主は間違いなく
「今度の予定?」
『そうそう。時間が作れたから確認しておこうかなって。来週の日曜日に時間を作れたけどそっちは大丈夫そう?集合場所は駅にしたいんだけど大丈夫かな?』
電話越しに聞こえる朗らかな声。前は嫌いだったこの声だ。それが少しずつ心地よいものに変わっている。我ながら不思議なものだ。
「ああ、大丈夫だよ」
『良かったぁ~。これでダメだって言われたらいつにしようかって思ってたんだよ~』
「それならまた決め直せばいいだけの話だよ。これで終わりじゃない」
『そうだね。でも、決まってよかった』
この言葉を最後に沈黙が流れる。
何を言えばいいのか分からない。
生きて帰れないかもしれないなんて言葉を言えるはずもなく、約束を忘れてくれと言えるはずもない。何かを話そうとしても思考がネガティブになる。どうしても、弱音が出そうになる。
『何か悩んでるならいつでも言ってね』
沈みそうになっていたところで意識が繋ぎ止められた。
『わたしじゃ力になってあげられるか分からないけど、話を聴いてあげることは出来るよ。だから、もしも何か悩んでるなら話してね』
そんな言葉をかけられたのはいつ以来か分からなかった。
少しずつ、それこそ砂に水がしみむように心に馬淵の言葉が浸透してくる。涙が流れないようにするだけで一杯一杯だった。
「まるで女神様みたいだな」
『どうしたの急に?』
当然のように怪訝に思った彼女から戸惑いの声が聞こえてくる。
「思ったままを口にしただけだよ」
『女神さまってなんだか恥ずかしいな…。でも、新鮮でいいかも。…もう遅いし、そろそろ切るね』
「ああ。お休み」
断りを入れると馬淵は電話を切った。
名残惜しくないといえば嘘になる。
しかし、さっきまであった緊張は大きく和らいだ。
余計なことを考えないように、必ず来週の日曜日を迎えようと胸に抱いて眠りについた。
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