第49話 離別6(九竜サイド)
病室の中はこれまでと変わらない。
「1日経って少しは落ち着きましたか?」
「硬く構えなくてもよいのですよ?」
「しかし、ボクは…」
昨日と同じで
話をしたくないというのは経験の凄惨さを鑑みれば十分に理解の及ぶところであるが、昨日に話しを求められた際に見せた感情とはまた種類が違うように思うのは気のせいだろうか。
話をしたくないのは、チームの全滅という悲劇が引き起こしたものではなく、また別の場所にあると推察できる。それが何なのかは
殻に閉じこもっている
「そういえば、紹介がまだでしたね」
チラッと
「彼、優秀ですよ。吸血鬼を一発で仕留めることが出来るくらいに」
それまで変化がなかった
「ひーちゃんのときよりも早いですよ。私たちの所に来てから1カ月経ってませんから」
嫌な予感しかしない。その証拠に厳島から向けられる敵意が濃さを増している。
厳島の暴発。そんな強引な方法を用いて素直に話をしてくれるのか不安になる。常識的に考えれば頑なになると判断するだろう。いくら親しい中であっても踏み越えてはいけないボーダーラインは存在している。
「ひーちゃんも立派でしたよ。涙で濡れた顔は可愛らしかったですけどね」
油どころかガソリンを容赦なく注ぐ勢いで
「流石にこれ以上は…」
「黙っていてください」
厳然とした面持ちで言う彼女の前には
「あの優しかった子…。名前はなんでしたっけ?」
今度はおどけた風に言う。隠す気は更々ないほどにわざとらしい。オレですらカチンときたほどだ。厳島の腹の中は嵐の如き荒れ模様であると想像できる。
「ああ、晴美ちゃんでしたね。思い出しました」
顔をほころばせるが、張り付いた笑顔という表現が的確なほどに目が笑っていない。ここまで露骨に人を苛立たせることが出来るのは才能と言えるのではないか。
「気遣い上手で周りを献身的に支える天使みたいな子でしたね。私も好きでしたよ」
言葉は留まることなく続く。外野であるオレですら嫌気の差す物言いだ。厳島の精神状態は既に限界を超えていると思われる。いや、既に限界を振り切っているようだ。
「ひーちゃんが逃げなければ、誰も死なないですんだ」
予想通りと言うべきか
「話してくれますか?」
締め上げる力がひと際強くなる。厳島の顔は苦痛と屈辱にまみれ、膜を張っていた瞳から涙が零れる。
「話してくれないと死んでいったAチームの皆が報われませんよ?それを無視して私を行かせまいとするのは自由ですが、私は役目を果たさない人は嫌いです。これだけは伝えておきます」
「逃げて…ない」
ここにきてようやく
「逃げてなければ、何故ですか?」
傷をゆっくり抉るように
「逃がされたんです…。ボクだけ…」
「誰にですか?」
「…吸血鬼に」
耳にしたオレは一瞬聞き間違えかと思った。
「吸血鬼の特徴は分かりますか?」
首を縦に振り、詳細を口にしていく。その間にも顔色は青ざめていく。残った傷跡は想像以上に酷いようで都度話せるようになるまで彼女は辛抱強く待っていた。
話の内容をまとめると以下のよう。
吸血鬼の容姿は正確には見えなかったもののシルエットからフルプレートアーマーで固めた人物だったようだ。
色は暗がりであったため判別が出来なかったらしい。
証拠になりえる声音はボイスチェンジャーを用いたようなぐぐもった声で性別不詳。
総括すると自身に関するあらゆる情報をシャットアウトしているという印象を受けた。
「交戦状態に入るまでの経緯を聞かせてもらいますか?」
「名前…。言ってました…」
「名前ですか?」
「マレーネ・ロ・ティーチ」
♥
病院を出るころにはすっかり夕暮れだった。
「どう思いますか?」
内容は
「私は信じますよ。彼女のことはよく分かっていますから」
そこまで言って彼女は「しかし」と付け足す。先の言葉は分かっている。
「例の吸血鬼…ですね」
誰が考えても罠。そこに足を踏み入れれば、Aチームと同じ末路になる可能性がある。猿にでも分かる。
報告をしない方がいい。
こちらにとって不利にしかならない情報。これが罠であると理解していても上はやれと命令することは目に見えている。そうなれば、死人の数を増やす結果にしかならない。だが、聞き出すと宣言してしまった以上は報告を入れなければ…。完全に負の無限ループに陥っている。
「隊長込みでぶつかっても勝てるかどうか怪しいところですね」
いつもは余裕のある態度で構えている
「でも、道があるだけでもマシですね。茨の道でも、刃で舗装されたような道でも」
ネガティブな雰囲気かと思いきやそうでもなかった。微笑む姿に陰りは見られない。会話が切れたためオレはずっと疑問に思っていたことを口にする。
「どうして、あんな強引な方法で話を?」
「あのまま説得を続けようとしたところで話をしてくれたと思いますか?」
「いいえ」と答える。答えを求められるかと思ったが、
「私たちを送りたくない、同じ絶望を誰にも知って欲しくない。それだけですよ。ひーちゃんは自分の実力を理解している。だから、私たちが挑んでも無事では済まないことが理解できてしまった。吸血鬼殺しとしてはあまりいい評価を下しようがありませんけどね」
苦笑を浮かべて言い、言葉を続ける。
「ですが、私の役目は戦うことですからね。逃げることは出来ません」
否定しようのない正論。
堂々と逃げない、役目を遂行すると宣言した小紫は掛け値なしに格好いいものだ。
しかし、前向きで強い言葉とは裏腹に彼女の瞳に光はなかった。
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