第50話 離別7(九竜サイド)
「マレーネ・ロ・ティーチ?」
吸血鬼の名前を告げると葵は考え込んでから知らないと答えた。
「アタシが出奔した後に来た奴だろうね。だが、少し引っかかる。それだけの実力を持っているならアタシの耳にも届いているはず…」
葵は独り言を言いながら推理に没頭している。内情を知らないこちらは置いてけぼりだ。飽きたのか昼間が立ち上がりコーヒーを淹れるか質問してくる。
紅茶を希望した
今いる場所は使用されていない会議室をオレたちにあてがった緊急のスペースだ。普段使っている部屋よりスペースが広いとはいえ備品がないため資料の管理に手間がかかる。
「やっぱり聞き覚えがないね。そんな名前」
諦めた葵はドカッと椅子に腰を下ろし、髪を乱雑に掻く。
「完全に未知の敵…ということですね」
部屋の中に重い空気が立ち込める。
「ところで、
コーヒーを飲んで頭を切り替えた葵が話題を変える。
「こちらです」
チェックポイントが入っている箇所がいくつか存在している。その中でも一際大きな丸印で囲われている場所が2つある。本来作戦が行われる地点だった場所と全滅した場所に至るまでのルートが線で引かれている。
「誘い込まれた。そう考えた方がよさそうだね…」
「当時の状況はこちらです」
葵から質問を受ける前に
曰く、作戦区域内にいた吸血鬼を見つけて殲滅を試みたところ逃走を許して追撃し、現場(廃倉庫)に突入。殺害には成功したものの直後に扉が閉まって脱出が不可能となり、奇襲を受ける。応戦するも浮足立った状態ではまともな対処など行えるはずもなく、
「というのが今回の内容だね」
結末は第二支部で聞いたものと大差はない。だが、内容に関してはオレと
「どちらに部隊を向けるつもりでしょうか?」
「アタシならそもそも部隊を出さないよ」
昼間の質問に葵は否定的な答えを出し、理由を説明する。
「罠と分かり切っているところに戦力を当てるなんて愚行を取るつもりはないからね。ましてAチームを全滅させたほどの力量を持つ奴がいるとなれば尚の事。でも、放置するわけにもいかないから手を打つ必要はあるだろうけど」
葵の言葉は正しい。あくまで戦略的に鑑みればの話で倫理的に考えれば邪道もいいところである。
「何か言いたそうだね」
葵と目が合う。隠していたはずの心の声が漏れていたようだ。ここで何もないと言おうものなら折檻を受ける羽目になる。隠蔽に失敗したツケを支払うなら何もないここで済ませておくべきと判断して口を開く。
「確かに戦略的には間違ってないと思います。しかし、ここでその吸血鬼を野放しにしてしまえば民間人の多くが犠牲になります」
暫しの沈黙。誰も口を開かない。
「アンタの言うことも間違ってない。でも、私たちにそこまで果たす義理はない」
「履き違えてそうね。私たちが何者で、何を生業にしているか」
呆気に取られているオレに
「私たちは吸血鬼を殺す。それだけの存在よ。人間を守ることなんて仕事の中に含まれていない」
彼女が言っていることがよく分からない。周りを見ても誰1人として
つまり、全員が同じことを思っているのか。
「ちょっと待ってください。…何を言ってるんですか?」
怪訝というよりも鬱陶しいという表情の
「アンタこそ何を言ってるの?吸血鬼を殺すことが人を救うことと釣り合うわけじゃない。そもそも私たちに人間を最優先で救うなんて義務はないのよ」
取り付く島もないというのはこういう状況を言うのだろう。まだ食って掛かろうとしたところで葵が介入してきた。
「君の言い分も反論のしようはないね。でも、アタシにとって最優先すべきことはここにいる全員の命を守ること。今後も戦力になりうるカードを失うつもりはない。それが延いては多くの人間を救うことになるわけだよ」
言っていることは間違いない。頭では理解できている。
だからこそ、納得が出来ない自分が居る。分かっている。これが矛盾していることで私情に振り回されていることぐらい。
「罪悪感なんて大層なことを言うのは止めてね。巻き込まれるこっちには関係のない話だから。言うつもりなら、今すぐにここから消えて」
「ま、これを決めるのはアタシじゃない。上の役目だよ。今の与太話を真に受ける必要はない」
葵は立ち上がり、そのまま部屋を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます