第48話 離別5(九竜サイド)

 昨日と同じで今日も病院だ。明確なタイムリミットが存在しているわけではないが早くに片を付けることが出来ないと葵の進退に影響を及ぼすことになることは確実だろう。


 今日も小紫こむらさきの手にはケーキの入った小箱がある。昨日の分はそのまま処分するのは忍びないという理由で葵たちに振る舞われた。3個しかなかったため、勿論じゃんけんで勝った者が食べるというルールを設けたうえで。結果から言うとメンズは全員一発目で負けてケーキはレディースの胃袋へと消えた。


 車を降りると真っ直ぐに病室まで向かう。今日はスーツではなく私服で行くという話になっているため揃って私服姿だ。意外と目にする機会がこれまでなかったため新鮮な経験である。


「こうしていると少し緊張しますね」


 小紫こむらさきは白い半袖のブラウスにボタニカルのスカート、履物にサンダルを使っている。薄く施した化粧はいつも通りだが、スーツで武装している彼女ではない姿に別人を見ている気分だ。おまけに眼鏡をかけていないというところも印象を強める。


 スーツではよく分からなかったが、小紫こむらさきは胸が大きい。百葉ももはといい勝負が出来そうなぐらい。


 対するオレは白黒のボーダーシャツにジーンズとスニーカーというあまり特徴のない恰好をしている。


「そうですね」


 同じ小紫こむらさきだと思えなくなりそうであまり横を見ないように気を付けているが、シトラスの香水の匂いが鼻腔をくすぐるせいで意識をしないようにしていても徒労に終わる。


 しかし、そんな甘い時間はエレベーターが止まると同時に消える。病室まで距離があるとはいえ昨日のことを思い出すと悠長なことも言っていられない。


 部屋に向かうと昨日とは違って扉前に2人の男が立っていた。扉前まで進むと男たちは予想通りというべきか行く手を遮ってくる。


「ここから先に通すことは出来ません」


 スーツで身を固めており職員なのか組織からの回し者なのか区別がつかない。もう1人は動く気配を見せない。ただ、動かないのはこちらの出方を伺っているだけのようで手の位置からハンドガンを抜こうとしていることが分かる。小紫こむらさきもそのことには気づいているだろう。


「誰の指示ですか?病院?委員会?」


 葵に負けず劣らずの勢いで小紫こむらさきは男に迫る。


「お答えできません」


 男は彼女の圧に負けず反抗してくる。


「力づくで聞くと言ったらどうしますか?」


 小紫こむらさきも手を腿に伸ばす。恐らくリッパーか何かを装備しているのだろう。


「喜んでお答えすると答えたらいかがしますか?」


 男は屈する気配を見せない。ここまで頑なであることに加えて武装していることを加味すると、組織からの回し者である確率が高い。


「なら、1つだけそちらのボスに伝えていただけませんか?」


 男は答えない。下らないことに取り合うつもりはないと表情は物語っている。尤もそんなことを歯牙にもかけず小紫こむらさきは続ける。


「私情を優先した挙句に義務を放棄した咎は必ず支払われると」


「戯言だ。そんな世迷言に振り向くほど世間は暇ではない」


「そんなものは表面上の話ですよ。ですが、事件が起きて大多数の死者が出たら…いや、既に多くの人間が今回は被害に遭っていますね。この話が実は防げたかもしれないのに防ぐことを妨げた者たちが存在したと知られたら不都合でしょう?それにネットなら1秒でもあれば流れた情報は例え取るに足らない話であっても興味を持つ人間は少なからず現れ、好き勝手に真実を知ろうとする。貴方たちのお仲間なら捻じ伏せることが出来るでしょうが、市勢の人間1人1人を消して回れますか?」


 饒舌に小紫こむらさきは男を論破しにかかる。


「それにこのやり取りは筒抜けですよ。私の端末を通して弦巻葵が聞いています。怒らせた場合のリスクは、お分かりですよね?」


 わざとらしく手をバックに手を伸ばす。


 実際に繋いでいるかは確かめられない。確認しようと動けば騒動の切片になる。それは男たちにとっては望む展開にはならないだろう。最終的に男は負けを認めるように扉前から退いた。


「ありがとうございます。それと、ガールズトークを盗み聞きするデリカシーのない方は嫌いなので消えていただけませんか?勿論盗聴や盗撮などした場合には、容赦はしませんよ」


 慇懃に一礼すると小紫こむらさきは病室に入り、オレも後に続いた。

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