第43話 血戦19(九竜サイド)

 第二支部に辿り着いたのは18時を過ぎたころだった。予め許可を得ているとはいえ本来帰るべき時間に足を踏み入れるというのは罪悪感がある。


 扉を開くと葵が煙草をふかしていた。このご時世にもかかわらず部屋は禁煙になっていない。橙木とおのぎあたりが怒りそうに思えるが何も言わないのかと疑問に思った。


「思ったよりは早かったね」


 オレの姿を確認すると葵は煙草を灰皿に押し付けて揉み消した。


「皆は?」


「準備が終わったから帰らせたよ」


 予想通りと言うべきかオレが最後らしい。


「とはいえ、必要な準備は殆どない。リッパーにデストロイ、ヴァイパー。1時間もかからないよ」


 立ち上がると葵はアタッシュケースを2つ渡してきた。開けると中身は先に挙げた装備品のセットだ。もう1つのケースには作戦の際に着用すると思われるスーツとプロテクター、グローブにブーツが収められている。


「友達との時間は楽しめた?」


「楽しかったですよ」


「それなら良かったよ」


 話の流れから踏み込んで来るかと思っていたが葵はそこから続ける気配はない。


「1つお聞きしてもよろしいですか?」


「答えられる範囲でならね」


 葵は予防線を張る。特に余計なことを話す予定はないため杞憂である。


「どうして自分を退学にしなかったんですか?」


「退学することがお望みだった?」


 遠慮なしに葵はこちらに切り込んで来る。


「そういうわけではありません。しかし、こちらに専念させる方が理に適っていると言うべきか…」


「確かに早く強くなってもらうに越したことはないね。でも、強くなったところで力だけを付ければいいなんて理屈はアタシの流儀じゃない」


 居住まいを正そうとしたところで手を止めるなと注意を受けた。


「理由のない力はただの暴力にしかなりえない。君を退学させて一流と言えるほどの戦士に育てたとしても敵に篭絡されてしまえばそれまでさ。だから、多少の時間を使ってもブレないだけの軸を作ってもらう必要があったという話。今日の口ぶりからしてみるとその理由づくりは上手くいったみたいだけどね」


 得意げに笑う葵に対してオレは黙る。見事なまでに今日あった出来事を見抜かれていて恥ずかしくなった。


「今度はこっちからしてもいいかな?」


「大丈夫です」


 受けなければフェアではないと思ってオレは葵の言葉を受ける。話の流れから考えるに馬淵まぶちのことを話すことになるだろうなと考えていた。


「君の過去を教えてもらえないかな?」


 思わぬ質問にオレは僅かに手を止めた。完全な悪手になったと錯覚したところでもう遅い。この隙を葵が逃すことはない。


「何故ですか?調べれば済む話でしょう」


「分かるのは外側の話だけ。内側の出来事までは分からない。守秘義務やシステムの壁を突破するのは容易じゃないからね。思想、思考、信念、感情。アタシにとって重要なことはその人物が何を抱えているか。分からなければどのように動かせばいいのか分からない」


「つまり、隊長に仕える以上は隠し事をするなと?」


「そんな大層な話をしているわけではないよ。ただ、傷口は見せてもらいたいという話。敵に付け込まれた挙句にチームが空中分解なんて冗談は趣味が悪すぎて笑えないからね」


 言っていることは間違いないだろう。しかし、だ。


「言わないという選択肢は用意してある。形式上ね」


 葵の目があの夜に見たものへと変わる。冷徹に獲物を見定めたときにする目。喋れなければお前を屈服させるまでの話だと視線が物語っている。


「…他言は?」


「しないよ。それこそ余計な軋轢を生むだけだからね」


 約束は守るだろうことは容易に想像が出来る。だが、自分の抱えている闇を簡単に曝け出せる人間はいない。オレとて例外ではない。やらないで済むのならば逃げ出したい。いや、逃げ出せない状況が今だからこそ仕掛けてきたと考えるべきだろう。2人っきり。オレが口外するはずは無いという確信があるからこその強気な態度だ。


「許可を出したのはこのためですか?」


「違うよ。君の学生生活を優先したまでさ。これ以上アタシに質問するかな?」


 予防線が棘だらけのバリケードに変化する。論点をずらして凌ごうというのも無理な話のようだ。


「最初から話を聞きたいですか?」


「出生の話から聞かせてもらえるかな」


「…分かりましたよ」


 諦めてオレは言葉を口にする。


 最初に父母のこと、百葉ももはのことを話した。だが、オレが知っていることは母が資産家の娘だったこと、父が考古学か何かの研究者だったことぐらいしか記憶にない。そこまで話をしたところで葵から横槍が入った。


「君のご両親は何をしていたか分かるかな?」


「覚えてませんよ。もう話をすることは出来ませんから」


「記録媒体か何かに…」


「姉が全部処分しましたよ」


 非情、冷徹と受け取られるような行動だったと周りの人間は受け取るだろう。だが、あれは百葉ももはにとっては背水の陣を作るために必要な行動だったと今は解釈している。


 もう、自分たちしかこの世界にいない。信じられるのは自分たちだけだと。また、父の書斎にあった物も百葉ももはがそれを必要とすると言った知り合いに預けてしまったため行け知れずの状態になっている。


 文字通り、痕跡も何もかもを根こそぎ消し去ってしまった。


「気になるなら調べればいいでしょう。今更許可を取る必要なんてありませんよ」


「てっきりプライバシーがー‼なんて言い出すかと思ったけど」


「言いませんよ。そんなこと言える立場ではありませんから」


「物分かりが良くて助かるよ」


「まだお聞きしたいことはありますか?」


 これ以上話を進めれば、事故と以後の治療期間の出来事に足を踏み入れることになる。話さないで済むのなら針を戻す言動は止めてもらいたいというのが本音だ。


「必要になったらまた聞かせてもらうよ」


「分かりました」


 恐らくこの会話は録音されていると考えて問題ないだろう。結局何が目的の会話だったのか見当がつかないが、これまで接した限り何もなく行動する女には見えない。今回はあくまで探りを入れただけで次があればそちらが本命だろう。


 別にやましいことがあるわけではないが、思い出したくもない過去を掘り返されるのはいい気分がする話ではない。


 しかし、止めようにも一向に尻尾を掴めない彼女を相手にするには、情報が足りない。今は余計な動きは慎むべきだろう。


 それから間もなく必要な作業を終えてオレは帰路についた。


                   ♥


                  予告


 明日より3章に突入します。


 今までの中で最も激しい戦闘と流血が繰り広げられるパートになることに加え、これまで手を抜いていた吸血鬼たちも見せてこなかった力を見せてきます。


 過酷で残酷。そんな展開が待ち受けていますが、是非ともお読みいただければと思います。

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