離別

第44話 離別1(九竜サイド)

 第三支部までは各々で向かうルートが取られた。装備は葵が守りながら陸路で運ぶことになり、他のメンバーは時間にさえ間に合えば手段は特に問わないとのことだった。


「こうして2人きりになるのは久しぶりですね」


 オレは現在進行形で小紫こむらさきが運転する車の助手席に乗っている。元々は鉄道を使って向かおうと考えていたが、昨夜に彼女から連絡を受けて同伴させてもらうことになった。


「そうですね。…あまりいい思い出ではありませんけど」


 小紫こむらさきに車で送迎してもらったのは上梨うえなしのところで世話になって以来だ。行きのときはそもそもまともな会話がなく、帰りはオレが気絶していたため会話らしい会話など交わす機会はなかった。オレにしてみれば実質これが初めてだ。


「朝ごはんは食べてきましたか?」


「軽くですが」


 本来はしっかりと食べておきたいところだったが、家には基本的にすぐに調理して食べることの出来るものは非常食を除いて備蓄していない。作り置きは百葉ももはが結局食べずに終わらせるという理由で置いていない。


「何か食べていきますか?」


 時計をチェックする。集合時間は9時で今の時間は8時を少し回ったところだ。聞かされている話では第二支部と第三支部の間は高速道路を使っても2時間近くはかかる。既に圏内に入っているとはいえ事故や工事など予期せぬ事態が起きれば土地に詳しくないオレたちでは遅れる可能性がある。


「止めておきます。間に合わなかったら困ります」


「分かりました。では、このまま向かいますね」


 気を使う必要もなくなったのか小紫こむらさきは速度を上げた。


                  ♥


 到着したときにはオレたち以外は全員揃っていた。橙木とおのぎ、昼間は正面入り口の壁に背中を預けてオレたちを待っていた。


「遅かったですね」


 開口一番に刺々しい言葉を投げかけてきたのは橙木とおのぎだ。


 紺色のシャツにベージュのスーツを合わせたカジュアル系の清楚な姿が絵になっている。仏頂面で台無しになっていなければ素直に賛辞の言葉を贈りたい。

 対する昼間は普段と変わらないスーツ姿でいつ見ても内側の筋肉がスーツを破らないか心配になる。


「遅くはないですよ」


 食って掛かる橙木とおのぎをあしらって小紫こむらさきは自動扉を潜る。直後に葵に出くわした。


「おはようございます」


「おはよう」


 小紫こむらさきに挨拶を返すと葵が近づいてきた。後ろには琵琶坂びわさかの姿もあり、気づいた小紫こむらさきがそちらにも挨拶をする。


「朝から相変わらず元気ね~」


「1日の始めは元気にいきたいじゃないですか」


 琵琶坂びわさかはオレの姿を認めると一瞬だけ視線を移した。


「新人君もおはよう」


「おはようございます」


 挨拶が済むと琵琶坂びわさかは葵に声をかける。


「じゃ、私は作業に戻るから」


「よろしく頼んだよ」


 短いやり取りを終えると琵琶坂びわさかは来た方に戻って行く。


「どうして博士がこちらに?」


「装備の搬入を頼んだんだよ。アタシがやっても良かったけど何かあったときにすぐ対応できる方がいいからね」


「話も結構ですけど早めに入っておきましょう。もうそろそろ時間になりますよ」


 話をしていると橙木とおのぎが釘を刺してくる。時計を見ると既に15分を切っている。


「待たせておくぐらいがちょうどいいと言いたいところだけど…」


「これ以上恨みを買うのは嫌ですよ」


「100が101になったところで気にする必要なんてないと思うけどね」


 軽口を叩きながら葵は受付に向かった。

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