第42話 血戦18(九竜サイド)

 1限目の授業はサボった。結論から言うなら葵たちに今日は向かうのが遅くなる旨を伝えるためだ。

 電話を入れると呼び出し音を殆ど挟まずに葵が出た。


「九竜です」


『また事件でも見つけた?』


「違いますよ。毎回毎回事件に遭遇していたら体がいくつあっても足りません」


『狙われてもいいように優秀な護衛でもつけておくべきじゃない?』


「雇えるだけの資金なんて手元にありませんよ」


 下らない雑談も一段落したところでオレは口を開く。ただ一言を伝えるだけなのに妙に緊張する。


「今日、少し遅れます」


『何故?』


 さっきまでのふざけた雰囲気は鳴りを潜める。


「友達と…過ごしたいと思いまして」


『構わないよ』


『え?』答えを聞いたオレは情けない反応で答えた。こんな簡単に許可をもらえるとは思っていなかった。


『驚くことでもないよ。青春は学生の特権。友達との付き合いがあるのは当然』


『しかし…』


『下らん言い訳は結構。やり終えたら来ること。いいね?』


 葵はその言葉を残して電話を一方的に切った。


                   ♥


 授業を全部終えて玄関に向かうと馬淵まぶちが待っていた。何処かせわしくなく周囲を見ている姿は普段の彼女らしくなく新鮮に見える。


「待たせた」


 声をかけると馬淵まぶちは弄っていた端末をしまった。


「別に待ってないよ。今さっきここに来たところ」


 彼女の姿を何気なく見てみると制服と髪が少し乱れている。先回りしようとして走ってきたのだろうことは容易に想像できた。


「どこに行くんだ?」


「何処にも。このあと予定が入ってるんでしょ?」


 少し動揺した。聞かれて困るような会話はしていないが言及されることは避けたい。


「何も聞かないよ。それが九竜くりゅう君のやり方でしょ?」


 微笑みながら馬淵まぶちは言う。


「ごめん」とオレは一言謝罪した。


「食いついてくると思った?」


「てっきりね」


 その言葉を聞くや頭を叩かれた。ここ最近は吸血鬼に可愛がられたせいか痛みのメーターが狂っているのか彼女程度の攻撃すら強烈な一撃に思える。


「ちょっと、評価がひどすぎじゃないかなぁ?」


 青筋は浮かべていなくとも目は笑っていない。


「前は随分と食いついてきただろう」


「あれは…。だって、何を聞いても何も答えてくれなかったから…」


 さっきまでの怒りは何処へやらと言わんばかりに馬淵まぶちはしおらしくなる。これには突っぱねることだけに終始していたオレに責任があることだから責めることは出来ない。


「何でオレのことをそんなに知りたかったんだ?」


 理解できていないことではないが、やはり気になる。


「そういうこと言わせる?」


 呆れ気味な視線が今度はプレゼントされる。このままでは彼女は言ってくれないだろう。


「大事なことなんだ」と付け足して逃げ道を塞ぐ。


「前から思ってたけど九竜くりゅう君ってデリカシーなさすぎだよ」


 反論のしようもない言葉だ。とはいえ、人の心が分かれば何も苦労しない。共感できないとしても相手が何を抱え、考えているのかを理解できれば対応の仕方も変わる。少なくとも地雷原に足を踏み入れるなどという失敗をすることはない。


「そっちも遠慮がないな」


 負けじとオレが反論すると馬淵まぶちは小さく噴き出した。オレも釣られて笑った。横顔からは今を心の底から楽しんでいるということが伺える。オレも同じだ。


「時間が出来たらでいいんだけど…」


 話に一区切りがついたと判断したのか彼女が切り出す。何を言わんとしているかは何となく分かる。


「時間を作れたらちゃんと教えるよ」


 オレがそう答えると馬淵まぶちの顔が明るくなった。


「いつ頃がいい?」


「お互いに空いている日をリストアップして確認しながら詰めていこう」


 オレの提案を馬淵は了承した。それから他愛のない話をしながら目的地の駅に辿り着いて別れた。

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