第41話 血戦17(九竜サイド)

 殺した。


 その衝撃的な出来事があったはずだったのに翌日の精神状態は驚くほどに平静を保っていた。殺した際に動揺がなかったから時間の経過とともに自分がしでかしたことへの罪悪感が芽生えてくるだろうと漠然と考えていただけに驚き、不安になった。


 当然だろう。自分が普通じゃないのだと言われたようなものなのだから。


 学校に来ても上の空だ。周りが自分とは違うものに見える。彼らを人とするなら、オレはさながら悪魔か。それほどまでにオレから見える世界は変わっている。或いは、最初からこのように見えていた世界を美しく見えるよう自分に言い聞かせていたのか。


 答えのない空想の空に漂っていたところで頭に軽い痛みが走り、前を見る。


 最初に目に入ったのは銀色の髪、顔を上げていくと白い肌と青い瞳が目に入る。


 馬淵まぶちが居た。今日は登校したようだ。


「久しぶり。元気してた?」


 相変わらず物怖じせずオレに声をかけてくる。その諦めの悪さには、何も言い返す気が起きない。今は、彼女の遠慮のなさがありがたかった。


「ああ。そっちこそ体調は大丈夫か?この前は休んでたようだが」


 オレがこの場で会話に応じるとは思っていなかったのか馬淵まぶちの目が見開かれている。青い瞳は信じられないものを目にしたとでも言いたげだ。


「ちょっと、ビックリ…」


「何がだ?」


 知っていながらとぼけて返す。


「いや、だって…」と馬淵まぶちは言い淀む。完全に予想していなかった展開だったのだろう。それが分かっているからこそ仕掛けたことだったが。


「オレがこの場で答えたことにびっくり仰天か?」


「そりゃそうだよ‼今の今まであんな素っ気ない態度を取られてたんだから‼」


 急な大声にまばらに集まっていた視線が一気に集中する。馬淵まぶちの言葉や態度にはオレ自身も納得している。


「そこについては先に説明させておいてくれ」


 オレの言葉に馬淵まぶちはきょとんとした表情を浮かべる。


「暫くはここに来られなくなる…と思う。…だからだ」


「まさか、退学…?」


 この世の終焉を突き付けられたとでも言わんばかりの顔をしている。


「安心してくれていい。そんなことを勝手にすれば姉さんに殴られる」


 殴られるだけで済むのかという疑問が降ってわくが今はどうでもいい。オレの答えを聞いて馬淵まぶちは胸を撫で下ろしたようだ。


 入学式の一件からオレに好意を寄せている可能性が高いことは分かっている。だが、そこに至るまでの過程があまりにも弱い。本当にそんなことでと思っている自分がいる。自惚れも甚だしいと言えるほどの推察だ。


 当然のようにオレも花の男子高生である以上は性欲が人並みにある。馬淵まぶちのように容姿端麗で欠点らしい欠点のない美少女と付き合えるとなれば応じたいというのが紛れもない本音だ。


 あれさえなければ、オレは素直に彼女の言葉を受け入れて想いに答えていた。


「へぇ、お姉さんいるんだ?」


「ああ」とオレは答える。


「何してるの?」と興味津々な様子で聞いてくる。心なしか瞳が潤んでいるように見える。


「公務員と聞いている。詳しいことはオレも」


「家族なのに?」


 不思議そうな顔をして彼女は尋ねて来る。


「家族だからって何でも話すわけじゃない」


「そうなの?家族ならもっと色々知りたいな」


「秘密をつつきまわすのは好きじゃない」


 それは百葉ももはも同じだろうと予想は出来る。


 吸血鬼に襲われたときは例外だったが、上梨うえなしの所に逗留していたときについては特に言及はなかった。オレたち姉弟の間柄にあった種違いということも原因の1つかもしれないが。


馬淵まぶちはどうなんだ?」


 オレが尋ねた際に少し視線が泳いだことを見逃さなかった。明らかに余計な一線を踏み越えたと認識した。


「えーっと…」や「その…」と言い馬淵まぶちは答えようとしない。徐々にオレたちの間に流れる空気が重くなる。


 そこに至りて予鈴が鳴った。


「話はまた後でしよう」


 オレが話を切ろうとしたところで馬淵まぶちが手を掴んできた。伝わって来るては温かく、彼女の顔はやや紅潮している。


「きょ、今日…このあと!時間ある⁉」


 昼間といいここ最近は目の前で大声を出されることが多い。一世一代の決意の元で誘いをかけてきた馬淵まぶちには悪いが耳が痛い。


「確認してみる」


 すぐに行動をしないと失礼と思って端末を取り出すと再び彼女が口を開いた。しかも、さっきと同じ声量で。冗談なしに鼓膜が破れないか心配になる。


「れ、連絡先…‼こ、交換して…」


 ここまで来てしまえば交換しない道理はないが、オレたちを見る周囲の視線は非常に痛い。針の筵という言葉では表現できないほどの威力で肌を突き刺してくる。現に普段から馬淵まぶちを囲っているグループは今にもオレを殺しかねないほどの圧を放っている。


「余計なことには使わない。約束してもらえるか?」


 これで最後になるかもしれないからと引き受けておきながら未だに保険をかけようとしている自分に自嘲の笑みが零れそうになる。そんなことを露知らずの馬淵まぶちはあっさりと了承した。

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