第40話 血戦16(小紫サイド)

 到着したときには事態は終わっていた。


 倒れている吸血鬼と立ち尽くしている九竜くりゅう、無惨な遺体になってしまった女子高生。何があったかは凡そ察しがついた。


「大丈夫ですか?」


 甘楽かんらが真っ先に向かったのは生き残っている女性の方だ。仲間が云々と言うのなら九竜くりゅうを優先して救出するべきなのだろうが果たすべき責務の度合いを考えるとこちらを優先しておく必要がある。


 女性は恐怖で喋ることが出来ず頭を縦に振るだけだった。確認したところ特に外傷は負っていない。こちらは白聖びゃくせいに任せても大丈夫と判断し、九竜くりゅうの方を見る。


「大丈夫ですか?」


「問題ありません。ご足労をかけてしまって申し訳ありません」


 口調から大きな感情の動きは感じられない。殺した場合は少なからず感情に変動が起きるはずだが、それが全く見られない。だが、状況証拠を見る限りは彼が殺したことは疑いようがない。


 増援がここに来るまであと5分ほど時間が必要になる。それまでは自分の責務に徹するべく甘楽かんらは湧き上がる好奇心を抑え込んだ。


                   ♥


 増援という名の隠滅部隊スイーパーが到着するや女性は連れていかれた。余計なことを口外しないように口止めをするためだ。尤も口外されようと信じる人間は基本的にいないし、それ以前に不審な情報が出まわれば容赦なく消される。こういった汚れ仕事を専門にしている部隊掃除屋も存在している。


 警察の真似事をするように周りには規制線が設置され、その周辺には警察官の制服を着た者たちが警戒に当たっている。こちら側には手を出せないように手を打っているため誤魔化すのには苦労はしない。規制線内でも職員が慌ただしく動き始めたのを見て甘楽かんら九竜くりゅうのところに向かった。


「どうぞ」と甘楽かんらは車両で休息をとる九竜くりゅうに紙コップに淹れたコーヒーを渡した。


 時間が経過すれば何か変化があるかと思ったが、特に変化は見られない。普段通りに落ち着いている。


 何かが普通じゃない。そんな考えが頭の中に芽生える。


「落ち着いていますね」


 問いに九竜くりゅうは答えない。答えられないという線もあるが、それは無いだろう。


「話に聞いていた限りだとパニックを起こしそうな気はしていましたが…」


 続けようとしていたところで口を開いた。


「思っていたより、簡単でした」


 精神的なダメージによる影響かと考えて顔を覗き込むも感情のうねりがあるようには見えない。つまり、普通の精神状態。


「簡単って、何がでしょう?」


「質問の意図が分かりかねます」


 一々言わせるなと九竜くりゅうの表情は物語っている。ようやく感情らしい感情が表に出た。


「殺すの、そんなに抵抗ありませんでした?」


 自分で口にしていて何を言っているのかよく分からなかった。葵を経由して聞いていた真理の話とは別人にしか見えない。少しの間とはいえ接していた際に感じていた感覚とはまるで違う。


「ありました。ただ、やってみたら…思ったより何もなかったんです」


 淡々と語る様子に強がりがあるのか読み取れない。あの真理でさえ初めて吸血鬼を殺した際には手が震え、翌日は何も手につかないと話していたほどに動揺していたのに。


「君からそんな言葉が出るとは思っても見ませんでしたよ」


「自分でも驚いていますよ。怖かったはずなのに…」


 一口コーヒーを飲んで話を続ける。


「こういうものなんですか?僕たちの仕事って?」


 否定すべきなのだろうか。僅かでも帰れる方法を残すために。考えたところで結論が出ない考えが頭をよぎる。


 直後に足音が聞こえた。音の刻み方から判断するに葵だろう。


「初めてにしては上出来だな」


「会議の方はよろしいのですか?」


 本来ならば彼女はここにいない。先日の吸血鬼殲滅に関する意見を求められて出席要請があったはずだ。


「アタシの役目はすぐに終わったよ。あとは決まりもしない作戦方針をうだうだと話すだけだ。委員会が首を突っ込んでくると決まる話も決まらんな」


「バシッと片づけてくれる方がいるといいんですけどね」


芥子川けしかわのことか?」


 今の一言で葵には何を言わんとしているかが伝わったらしい。


 芥子川けしかわ。本名については不明。


 関りがないため言葉を交わしたことはない。唯一分かっていることは委員会トップという安全圏に身を置きながら前線に興味があり、重大事件の際によく顔を見せるということだけだ。堅実な手腕は高く前線での評価は割かし高い。


「残念ながらあいつはここ数日いないぞ。ところで…」


 回答が終わったのを機に葵は話題を移す。


「明後日から第三支部への出向が決定した。昼間、橙木とおのぎ雨夜あまやには後で通達しておく」


雨夜あまや君ですか?」


 予想していなかった名前が出たことに甘楽かんらは首をかしげる。


「奴にも同行してもらうことになった。埃臭いし血生臭い戦場に閉じ込められるなぞあいつにとっては不幸以外の何物でもないだろうな」


 雨夜瑞黄あまやみずき。そこまで深い関係にはないため彼がどのようなバックボーンを抱えているかまではよく知らない。知っていることは情報処理並びに収集に秀でていること。噂によれば過去には犯罪に手を染めていたと耳にしているが、甘楽かんら自身は勝手に湧いて出た眉唾物であると考えている。後ろめたい過去を抱えているのなら観察していれば分かる。


「明日の間に準備を済ませておけよ」


 伝えることは伝えたのか葵は去り、また2人だけになった。彼女が断ち切った空気は接続箇所を求めて空を漂っていたが、九竜くりゅうが繋げる。


「あの女子高生は?」


 表情の揺らぎが訪れる。今度は心の底から被害に遭った被害者のことを心配していることが伺える。


「即死です」


「…そうですか」


 俯き、拳を固く握りしめる。顔は良く見えないが歯も食いしばっているだろう。


「出来ること、出来ないことがある。一々言われなくても分かりますよね?」


 甘楽かんらの言葉に九竜くりゅうの肩が少し動く。顔を上げる様子はない。


「明後日までに区切りは付けておいてください。でないと、今度は君ですよ」


 立ち去ろうと後ろを向いたところで肩に手が乗り、そのまま勢い任せに九竜くりゅうに体を動かされ、彼と目が合う。


「まだ言い足りないことでも?」


 平静を装いつつ対応する。余計なことをしようとすればすぐにでも取り押さえる必要がある。なされるがままを演じながら腰に装備してあるリッパーに手が届く位置にまで動かす。だが、九竜くりゅうの瞳が動く様子はなく何かアクションを起こそうという様子は今のところない。


「先輩が言う出来ること、出来ないことは何ですか?」


「子どもじみたことを言うんですね」


「質問に答えてください」


 先日までとは別人に思えてしまうほどの迫力がある。一度だけ手を染めた程度でこれだけの変化を遂げていることに甘楽かんらは僅かに驚きを覚えた。だが、今の今まで変化をみせなかった彼がシグナルを発しているのなら探らない手はない。


「自分の力がどれだけの範囲に及ぶかを理解しているということですよ。私でもあの少女を救うことは出来なかった。勿論、存在しているのなら彼女の遺族も」


 ありのままの現実をぶつけて様子を見る。


 これまでの状況から推測を立てると九竜朱仁くりゅうあけひとという少年は誰かが死ぬこと、それが生み出す悲劇を恐れている。ただ、そうなると矛盾が生じる。

 誰かを助けるために、誰かを殺すのは結果的に誰かの不幸につながる。決定的な矛盾。それを理解しているのだろうか?


「オレのことは聞いていません」


 目を逸らすことなく九竜くりゅうは続ける。


「私にそれを聞いてどうしますか?君がしたことへの慰めでも欲しいんですか?」


「先輩があのときの立ち位置だったら、どうしましたか?」


「同じことをしましたよ。決定的な瞬間を待ち、敵を討つ」


 当たり前のことを当たり前に答えた。それに対して九竜くりゅうの目は途端に色を失う。


 お前には失望した。そう瞳は訴えていた。


「模範的な答えでは不満ですか?」


 甘楽かんらの言葉に九竜くりゅうは首を振って答える。本来ならば苛立ちが芽生えそうな場面だが、渦巻く疑念がそれを飲み込む。


 何を考えているのか、何を抱えているのか。知りたい。好奇心が今にも溢れ出しそうだ。


「反対に君の答えは何ですか?私の答えに不満があるなら答えるのが筋でしょう」


「分かりません。だから、聞きました」


 今度は甘楽かんらの関心が冷めた。強欲に食いついて自分が持っている力の全てを奪いにでも来るかと想像していただけに期待を裏切られた。


「てっきり両方を救う方法があるかと尋ねて来るかと思いましたよ」


「そんなことを言うように思いましたか?」


 肩に乗せた手を下ろして九竜くりゅうは鼻で笑う。もう話は無いということだろう。


「聞きたいことはまだありますか?」


「いえ、大丈夫です。引き留めてしまい申し訳ありませんでした」


 九竜くりゅうの謝罪を受けて甘楽かんらは今度こそ解放された。


 歩いていると先ほどの情景が頭の中でリピートされ、自分の足跡と並べる。


 これまでに数多の人間、吸血鬼を殺してきた。その中には甘楽かんらに負けず劣らずの殺人鬼や同族かと思えるほどの異常者もいた。


 しかし、多くの出発点は基本的に普通の感性を備えていた。それは自分も同じで彼も恐らくは同じ。


 何か違いが生じさせる何かがあるとすれば、死とのファーストコンタクトだろう。それがあの矛盾を作り出した要因のように思える。


 バックボーンに関してはあまり興味がなかったため調査はしていない。


 時間が合ったら調査をしてみようと甘楽かんらは心に決めた。

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