第39話 血戦15(九竜サイド)
端末で時間を確認するが、連絡を入れてから10分ほどしか経過していない。
身を隠している壁から様子を見るも事を荒立てる気はないのか動く気配はない。幸いなことに時間帯が夕方であるため周囲の目もまだ存在している。これまでの傾向を参考に判断するならば少しの猶予は確保されている。
まだ大丈夫かと胸を撫で下ろした瞬間だった。
「きゃああああ‼」
甲高い悲鳴が聞こえた。普段耳にすることなどない非現実感以外は存在しない響きがあった。まさかという思いを抱きながら顔を出した。
血塗れの男が立っていた。特に右手の濡れ具合は他と比較するまでもなく濃い色をしている。近くには後をつけていた女子高生が倒れていることから予想よりも早く吸血鬼はアクションを起こしたことになる。
「嘘…だろ⁉」
完全に読みが外れた。今更になって吸血鬼と人間の思考回路の違いを思い知らされる。
夕刻の商店街はこの事態を目の当たりするや蜂の巣をつついたような騒ぎようであっという間に人はいなくなった。
望んだ状況を向こうから作り出してくれたことには感謝すべきだろう。だが、対するこちらは戦う準備が整っていない。
「た、助けて…」
息を潜めた矢先にまた声が聞こえ、目を向けると逃げ遅れた女性がいた。確認した吸血鬼はそちらに向かっていく。こちらに気づいている気配はない。
このチャンスを逃せば、殺す機会はなくなる。
オレは鞄に仕舞っていたリッパーを取り出して標的との距離を確認する。
目測で50メートルもない。奴が殺す瞬間に飛び出せば、チャンスはある。
ーやれるのか?
葵に助けられたときのことを詳しくは覚えていない。やれても猿真似にすら満たない技術しか展開することが出来ない。
しかし、あのときの情景と殺し損ねた吸血鬼の顔が記憶の底から浮かび上がってくる。
目の前にいる何も関係ない人間が殺されそうになっている。
葵も
オレが、今はここにいる。オレ以外には、いない。
「愚問だな…」吐き捨てて立ち上がる。
一時的なものであれ、何もないわけではない。その確かな事実がオレを前に進ませる。
音を立ててはいけない。これは殺しというよりは暗殺に近い行為だ。一突きで仕留める必要がある。そのための技の一端は身に着けている。
距離を詰めるたびに気づかれないか不安が押し寄せる。距離が縮まっても吸血鬼はこちらに向く気配はない。条件のほぼ全てはクリアされたと言ってもいいだろう。不安材料になりうる女性の目も吸血鬼に集中している。
吸血鬼が手を挙げる。振り下ろすまで大して時間はない。
隙を逃さずに、オレは背後から心臓めがけてリッパーを突き出した。
刃を通して伝わってくる肉の感触に生理的な嫌悪感を覚えて顔を顰めた。
吸血鬼は震えながらオレの方を見た。
呆然と開かれる口元から見えた犬歯の長さから人間ではなかったと判別が出来た。尤もことを起こした今となってはどうでもいい話だが。
リッパーを引き抜くと付着した血を拭きとる。あとは毒素が体を侵し、死に至らしめる。その効力を示すように吸血鬼の皮膚に血管が浮き出て、口からは泡を噴き出している。
自分が恐ろしいことをした。その思いは確かに存在した。
しかし、そんな思いと裏腹に頭の中はクリアだった。
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