第33話 血戦9(九竜サイド)

 全員が完全に虚を突かれた形になった。


 吸血鬼の目が葵を捉えて動こうとするも、それを許さないとばかりに右胸に剣が刺さる。左胸を狙った攻撃を寸でのところで切り替えたように見えた。


「…おいおいおい。まさか、アンタまで出て来るなんてな」


 葵は答えずに間髪入れずの突きで止めを刺そうとする。吸血鬼は弱っているため決めるだけならばもう難しい状況にはない。


『受け答えはちゃんとしないとダメですよ?』


 こちらに救援があるならば向こうにもあると言わんばかりに声が聞こえ、葵は距離を取る。オレと橙木とおのぎも下がった。


 スーツの吸血鬼の隣に今度はテンプレートなドレス姿の吸血鬼が現れる。尤もこちらには興味がないようで視線は葵のみに向けられている。対してスーツの吸血鬼はオレたちに注意を向けているが右胸を貫かれた上に毒素が回り始めており皮膚の下から血管が浮き出て汗が噴き出している。戦闘不能になるまで時間はかからないと予測できる。


「久しぶりですね。カルナ」


「今は違うんだよ。葵。それがアタシの名前だ」


「未練があるようですね。わざわざ対になる言葉を入れるぐらいには」


「あるだろう?生きていれば死にたくなるほどの未練は」


「嫌ですね。そんな十字架を背負いながら生きるなんて」


 会話を聞いている限りは顔見知りであるようで力の差や能力も知るところだと読み取れる。


「罪は私が払い落としてあげますよ?」


「お前の手を借りるほど落ちぶれてはない」


「人間と共同戦線を張ればこれまでの罪が漂白されるとでも?」


「罪滅ぼしなんて冗談は勘弁だな。億万の善行はただ1つの過ちに劣る」


 葵は無表情のまま。対するドレスの吸血鬼は口元に笑みを浮かべている。


「信用ありませんね」


「お前も含めて信用できる奴はいない」


「私はそんな不躾な真似はしませんよ?」


「品のない女や優男とつるんでいて信用しろと?笑わせるなよ」


 葵の言葉を聞いた吸血鬼はやれやれというように手を動かす。


「随分と腑抜けたことを抜かすようになりましたね。驚きましたよ」


「随分と勝手な物言いだな。誰のせいでアタシがこんなことになったと思ってる?」


「自業自得が1/2、おバカが1/2と言ったところですね。思い出せる範囲では…」


「思い出さなくて結構だ。思い出す必要などないからな」


「出来ないことは言わないことですよ。いくら貴方でも」


「死なん奴は誰もいない」


 葵は霞の構えを取り、対する吸血鬼はレイピアを構え、オレたち全員に聞こえるように宣言する。


「言われなくても分かっていると思いますが、邪魔したら殺しますよ」


 微笑みを保ったままに低い声音で言ってのけた直後に葵が突きで仕掛ける。対するドレスの吸血鬼は右に動いて脇から攻撃を仕掛ける。レイピアがあと少しのところで刺さりそうになるも葵はリッパーを使って攻撃を逸らす。


「へぇ。腕は鈍ってないようですね」


「残念ながらな!」


 悪態に対して答えると葵はドレスの吸血鬼に足払いをかけた。だが、それを予期していたのかターンをしてあっさり躱すとオレたちの前に降り立つ。


 葵はその無防備になる瞬間を逃さずに攻撃を仕掛ける。剣を用いずに蹴りによる攻撃だ。それをドレスの吸血鬼はそれを真正面から受け止める。こちらにも衝撃波が伝わってくるほどの一撃だったにもかかわらず、僅かに後ずさりはするもダメージは与えられていない。


 怯むこともなくドレスの吸血鬼は葵の足を掴むと上空に投げ飛ばし、着地を狙って追撃を仕掛ける。


「甘い」


 一声が聞こえると同時にドレスの吸血鬼の体が退く。左手は腹部に添えられており、反撃を受けたことが分かる。そこから攻撃手が葵に移る。


 回収した剣を使った猛攻は手加減が欠片も感じられないほどに殺意に満ちていた。葵が剣を振り、突くたびに風が巻き起こってオレたちの肌を撫でる。一撃によっては頬を切り裂くものまであった。見ているこっちですら戦慄するほどに苛烈を極める葵の連撃をドレスの吸血鬼は先ほどの余裕顔は消えてはいても淡々と捌いている。


 幾度打ち合ったのかは分からにほどの応酬の果てに2人は距離を取る。普通なら息を切らしてしまうほどに体力を消耗していそうな状態にもかかわらず両社ともケロッとしている。


「本気、出さないんですか?」


 ドレスの吸血鬼の言葉にオレと橙木とおのぎは表情が固まる。スーツの吸血鬼は苦悶に満ちた表情をしていても驚きには染まっていない。


「何で本気でやる必要がある?」


 葵は問いに低い声音で返す。


「久しぶりにやり合うんですから、お互いに本気でやりたいと思うものでしょう?」


「いいぜ。乗ってやるよ」


 葵は剣を構える。その姿を見てドレスの吸血鬼は顔を顰める。


「本気って言う割に抜かないんですね?…どういうつもりですか?」


「今のアタシの本気だ。不都合があるか?」


「後悔しないで下さいよ。油断した挙句に泣いて許しを請うなんて情けない真似をしないで下さいね?」


 ドレスの吸血鬼がレイピアを自分に向ける。自分に突き刺そうとしているように見える。葵はこの後に何が起きるかを理解しているのか見守っている。


 しかし、互いに動かない。それどころか纏っていた戦意が霧散していく。


「どうやら静かに立ち合いとはいかないらしい」


「そのようですね」


 葵は構えを解き、ドレスの吸血鬼もレイピアを下げる。何が起きたのか最初こそ分からなかったが、下から誰かが駆けあがってくる音がした。


 振り向くと昼間、後に続いて小紫こむらさきが現れた。全力疾走で駆け抜けたのか2人の服装は乱れている。


『その舌を引っこ抜いてしまえば少しはしおらしい態度がとれるようになるかしら?』


 こちらも示し合わせたかのようにさっきと同じ状況だ。


 外から声が聞こえ、間を置かずに降り立った。勢いよく降り立った影響で着地と同時に突風が巻き起こる。


 綺麗に切り揃えた青みがかった黒髪とアイシャドウを施した赤い瞳はとても妖艶で触れてはいけない色香を放っている。薄い黄色を基調としたエスニックの服も相まって危険な花に見えた。


「テメェ…」新たに来た吸血鬼の姿を目にした瞬間に葵の言葉が険しくなる。


「こんなところで再会するなんて驚きですね。暇なんですか?」


 妖艶な容貌とは釣り合わない言葉に第一印象は見事に粉砕された。


「暇ならとっくにベッドの中だ」


 葵が切り返すも互いに前へ出ない。


 恐らく現れた吸血鬼はドレス並びにスーツの吸血鬼と同等レベルの戦闘力を保有していると見ているのだろう。あちらも葵の実力を理解できているためか動き出そうとはしない。


 この会話を最後に再び膠着状態になる。葵たちの迫力にオレは今にも崩れそうになる足を踏ん張らせる。


「壊さないで下さいよ」


「分かっている」


 怯えるオレに対して葵と小紫こむらさきは変わらない態度を取っている。


「私たちには勝てませんよ。そんな役立たずを引き連れているうちは…」


 ドレスの吸血鬼はじっくりとオレたちの姿を舐めまわすように見る。値踏みをするどころか始めから価値が無いと視線は物語っていた。


「役立たず…ね。蚊帳の外に居るからって随分な言われようね」


「分かっているでしょう?彼女にはとても不釣り合いだと」


 橙木とおのぎが反論をしようとしたところで葵が手で制する。


「お前はこいつらを知っているのか?」


「知っていますよ。人間はどうしようもないほど…」


「違う。人間のこと云々を聞いているんじゃない。こいつら個人のことを聞いている」


「蟻一匹ずつの名前など覚えてませんね」


 吸血鬼の言葉を聞いた葵は剣を吸血鬼たちに向ける。


「知っているのは、お前らよりは張り合いがあるってことだ。血の味と戦いの熱以外を知らないお前らより面白い」


「それは強さに比例はしませんよ」


「なら、お前らが強いという事実を証明してみればいい。全ての力でアタシらを跪かせれば。帰ってあのクソ野郎に伝えておけ」


 葵が最後に言った人物が誰なのかは分からなかった。だが、彼女の言葉を飲み込んだようでドレスの吸血鬼はレイピアを鞘に納めた。未だに戦意に溢れるエスニックの吸血鬼が食って掛かるもドレスの吸血鬼は完全に無視を決め込む。


「では、またお会いしましょう」


 吸血鬼は言い残すとスーツの吸血鬼に肩を貸して闇に消える。後を追うようにエスニックの吸血鬼も飛び降りた。


                   ♥


 張り詰めていた空気が消え、体に伝搬していた緊張も解けて床に崩れた。一緒にいた橙木とおのぎはあれだけの恐怖の最中に身を置いていたにもかかわらずケロッとしている。


「ありがとうございました」


「気にするな」と返すと葵はオレに近づいて手を伸ばしてきた。


「初任務はどうだった?」


 葵の問いかけにあの吸血鬼たちの姿を、殺意のみがあった視線を思い出した。今にも震え出しそうになっていたところで橙木とおのぎが口を開いた。


「彼とはもう組みません」


 通信で指示を与えていた小紫こむらさき、周囲を警戒していた昼間の視線も橙木に一瞬だけ向いた。


「予想通りになった。そう言いたいのか?」


「それもあります。しかし、一番は今の私では彼を導けないと分かったからです」


 橙木とおのぎはオレと視線を合わせない。寧ろ避けているようにすら思える。彼女の言葉に葵は苦笑を浮かべている。


「まあ、初めはそういうものだ。慣れないうちは特にな」


「慣れる前に彼を死なせるつもりですか?」


「随分な心変わりだな。何かあったか?」


 オレはここに至るまでの記憶を遡るも特にこれといった話はない。逆に咎められても文句の言えないことの方が圧倒的に多い。


「それとも、家名の方が大事か?」


「それは関係ありません」


 葵の言葉に橙木とおのぎは冷静に答えているつもりだろうが、言葉に僅かな揺れが感じられる。つまり、オレが排斥されるのは私情から。


「現状維持にどんな意味がある?家名にこそ意味があると考えるならより輝かせることに奔走すべきだとアタシは思うが?」


 葵の言葉に橙木とおのぎは弁明も言い訳もしない。それだけの言葉を持ち合わせていない可能性もあるにしても言い返さないのは不自然に思える。


「まあ、強制はしない。嫌だと言うなら別の奴に任せる」


 追及するかと思いきや葵も葵であっさりと引き下がる。勝負は表ではなく裏側で行われているということだろうか。言葉にしないところを見るに2人の間では既に片はついているのだろう。


「次は甘楽かんらに一任してもいいか?」


 雨夜と通話をしていたらしい小紫こむらさきは自分に話を振られるとは思っていなかったらしく断りを入れて葵の元に駆け寄って来る。改めて葵は小紫こむらさきに話を振る。


「大丈夫ですよ」


 迷いも何も見せずあっさりと小紫こむらさきはオレの指導をすることを了承した。それからオレの元にやって来る。


「では、これからしばらくよろしくお願いしますね」

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