第31話 血戦7(九竜サイド)

 通信が入った。声の主は雨夜あまやだ。


橙木とおのぎ九竜くりゅうへ。七時の方向に向かってください」


「了解」と橙木とおのぎは答えて通信を切った。


「貴方がやりなさい」


 橙木とおのぎはオレに向かって唐突に告げた。音が鳴るほどに唾を飲みこんだ。


「何度も言わせないでくれる?アンタの手でやりなさい」


 念を押すように再び言う。


 明瞭な響きを持った言葉がオレの意識に浸透していく。掌に汗が滲んで鼓動が早くなる。


りかたは知っているわよね?」


 そんなオレに対して橙木とおのぎは淡々と言葉をかける。


 この仕事に携わっている以上は覚悟は決めていた。しているつもりだった。それなのに、いざ殺すことを考えると手が震える。


 意気揚々と宣言しながらこのような無様を晒しているオレに呆れたのか橙木とおのぎは溜息をついた。


「アンタが死ぬ?」


「…嫌です」


 直後にオレの頬を強烈な衝撃が襲った。3ヶ月も経過しないうちにビンタを連続で受けることにはなるとは思ってもみなかった。


「敵も同じよ」


 言うべきことを言い終えたのか橙木とおのぎは背を向ける。


 今にも一歩を踏み出そうとしていた彼女の手を掴んだ。鬱陶しそうに彼女は振り向いた。


「リッパーとデストロイ。どっちを使う?」


 リッパーは『RW1000∞』の番号を持つ量産型の逆鱗リベリオンだ。デストロイも同じ番号を持っている。銃弾は『RW1002∞ヴェノム』とまた別に用意されている。問いかける橙木とおのぎはどっちを使うかを強制してはこなかった。


 どっちを使えばいいのか分からずに考えを巡らせる。


 銃を使うのは未だに慣れていない。使っても倒すには至らないだろう。ナイフも正直なところ扱いきれるとは思えない。だが、選ばないわけにはいかず最終的に両方を手に取った。


「じゃあ、行くわよ」


                 ♥


 報告にあった吸血鬼は呑気に獲物を物色している最中だった。特に狙いを定めている様子はなくネオンの真下をぶらぶらしていて人気のない場所まで移動するのを待つしかない。


 橙木とおのぎが言っていた吸血鬼の選り好みが分かればと歯噛みした。同時にこのまま時間が経過してくれればと思う自分も何処かに居るのを感じた。


 吸血鬼はワインレッドのスーツに黒いネクタイを身に着け、赤褐色の髪を逆立てたホスト風の男だった。静かに獲物を探し求める灰青色の瞳は狼に見えた。木の葉を隠すなら森にを地で行く服装をしている。


「動く気配はありませんね」


「そうね」


 緊張と焦燥を隠そうとしすぎて声が裏返ったが、橙木とおのぎは指摘せずに前だけを見ている。


「最悪このまま仕掛けるしかないわね」


「避難が終わっていません。そんなことをしたら…」


「嫌なら考えなさい。戸惑っている間でも待ってくれないわよ」


 吸血鬼は動く素振りは見せない。何でもいいからアクションを起こしてくれと願いながら様子を見る。何もしないでも喉が異様に乾いて不快だった。


 10分ぐらいが経過したところで吸血鬼が動きを見せた。オレは吸血鬼の先を見る。年齢が40代と思える女性がいた。


「行きます」


 震えそうになっている足に活を入れるとオレは前に進んだ。橙木とおのぎは少し離れたところから後を追う。


 見失わないようにオレは続いたが、吸血鬼は一向に人気のない場所に足を踏み入れる気配がない。動き出したことで芽生えた安堵感は再び焦燥に覆われていく。結果的に早まった行動に繋がった。


「あのぉ…」


「ああ?」


 オレの呼びかけに吸血鬼が振り向いた。デートを邪魔された男が浮かべるような不快さを隠そうともしない顔をしていたが、表情は少しずつ嗜虐が籠った顔になる。舐めまわすようにオレを見た後で彼は口を開いた。


「そうか。お前、吸血鬼狩りか」


 心臓が口から飛び出るかと思ってしまうほどの衝撃に襲われて頭が真っ白になる。次に打つべき手が浮かばない。


「気にする必要はないぜ。俺は寛大だ。ゆっくり楽しめる場所に案内してやる。勿論、お友達も一緒にな」


 ゾッとして振り向きそうになっても吸血鬼に視線が釘付けになって背けることが出来ない。口元から覗く犬歯を目にすると体が竦みそうになった。

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