第30話 血戦6(葵サイド)

 強い血の臭いに葵は胸焼けになりそうだった。


 繁華街の奥は手前とは比にならないほど吸血鬼が待ち構えていて進めば進むほどに襲撃された。だが、葵は全くと言っていいほどに動揺せず跳ねのける。振り返れば道は死屍累々という言葉が相応しい地獄が作られている。


「お前らは誰の指示で動いている?」


 斬り捨てて上半身だけになった吸血鬼に葵は問うが、すっかり恐怖で青ざめて歯をガチガチと鳴らしていて答えられそうもない。話す気配のない吸血鬼に葵は殴りつける。鼻の骨が砕ける感触が生々しく伝わってくる。


「アタシの言葉が分からないか?」


 淡々と言いながら葵はもう一発を繰り出す。今度は血が糸を引く。再び悲鳴を上げた吸血鬼に葵は全く顔色を変えることはない。


「もう一度聞く。誰が首謀者だ?」


『私ですよ』


 明後日の方向から声が聞こえて葵は顔を向け、『RW1010-1烙蛇オロチ』を抜いた。


 彼女の視線を見て取ったのか声の主は三日月をバックに舞い降りた。重厚さはまるでなく羽毛が落ちるように緩やかだった。


「誰だ?お前」


 正体がまるで分らず葵は来訪者に尋ねた。


 薄い黄色を主体としたエスニックな服に切りそろえた青みがかった黒髪。アイシャドウを塗った鳶色の鋭い瞳はハゲタカを思わせるつつも妖艶に見える。その美しさとは裏腹に体から放たれる血の臭いはここまでに至る吸血鬼の中でも一際強い。


「私は貴女をよく知っていますよ。カルナ・アラトーマ」


「初対面なら『さん』ぐらいつけろよ」


「付けませんよ。裏切り者なんかに」


 不敵な笑みを浮かべながら女は態度を変える。葵は見も知らずの存在に不名誉なレッテルを張られたことに苛立った。


「お前は誰だ?」


 葵の質問に芝居がかった動作を交えながら話を始める。


「ルイ・ポルリルー。王の手足メンブラルの序列5位に属する者です」


 随分懐かしい響きだなと思った。


 王の手足メンブラルは、吸血鬼の王に仕える親衛隊だ。7人の幹部で構成されていて補充要員も含めると『羽狩』全支部の戦闘員を総動員したところで足元に及ばないほどの戦闘力を誇っている。


「金魚の糞がこんなところに何の用だ?」


「仕事ですよ。勅命のね」


 ルイの言葉に葵は失笑した。彼女は怪訝な表情を浮かべる。


「あの性欲モンスターにそんな頭はない。提案したのはデスモニアだろ?奴は何処だ?」


「別任務で席を外しています。だから、私がこちらに」


「運が無かったな。ここに来なければ明日も生きながらえることが出来たろうに」


「誤解されているようですが私は狩りに来ただけです」


「狩る側が狩られないとでも思っていたか?」


 葵の返しにルイは芝居がかった態度を崩さない。少しずつ苛立ちが積もっていく。


「経験者が言うと説得力が違いますねぇ」


 その言葉を耳にした瞬間に葵はリッパーを抜き放っていた。ルイは刃を器用に指の間で挟んで受け止めた。


「おやおや。図星でしたか」


 舐め腐った態度で受け止めたルイはリッパーに指を這わせながら続ける。


「傷は隠しても隠し切れないものですねぇ」


 自分語りのように続けるルイの目には葵の姿が入っているのか怪しく思え、試しに烙蛇オロチを構えなしの突きで繰り出す。元より寸前で止める予定だったため首の手前で止める。


「殺せるチャンスだったのに惜しい真似をしましたね。それとも、騎士の矜持が少しでも残っているんですか?」


「アタシが騎士としての使命を優先しているならお前の首と胴体は別れているぞ」


 葵は構えを解かずに続けて言う。


「帰ってあのバカに伝えろ。言いたいことがあるなら手前が出て来いと。こんな回りくどい真似を繰り返すなら、生首のオブジェクトが永遠と増えることになるってな」


 葵の敵意と殺意が十分すぎるほどに伝わったようでルイは芝居がかった態度を止めた。


「了解しましたよ」


 受け止めたリッパーの柄を葵に向けて返した。受け取ると烙蛇オロチを鞘に納める。


「いずれまた、お会いしましょう」


 言い残すとルイは何処かへと去った。

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