第28話 血戦4(九竜サイド)

 任務当日。周囲に溶け込めるようにオレは渡されたスーツに袖を通していた。


「初任務って緊張しますね」


「誰だってそうだ。命懸けとなれば尚更な」


 ネクタイを締め終わると丁度昼間も着替え終わった。スーツは屈強な体には窮屈そうでそのことを物語るように表情は少し苦しそうだ。


「緊張しすぎるなよ?初任務で脱落なんて笑えないからな」


「何かコツはありますか?」


「そうだなぁ」と昼間は思案顔になって顎に手を当てる。


「まあ、余計なことを考えないことだな」


 オレの肩を叩いて昼間は更衣室から出て行った。


                  ♥


 全員が一堂に会した。普段の服装とは誰も変わっていない。その中に1人見知らぬ顔がある。しかも、服装はスーツではなく群青色のパーカーで場違いにしか思えない。よく顔は見えなかったが僅かに見える輪郭から少年ということが分かった。


九竜くりゅうは初めてだね」と葵が言うと少年はフードを取った。


「…初めまして。…雨夜端黄あまやみずきです。…よろしく」


 フードの下に隠れていた顔は前髪に隠れていて目がよく見えない。ただ、肌は日焼けを全くしていないため白い。よく見ると下は黒のシェフパンツで全体的に学生という雰囲気の方が強く、これまで出会った隊員の中では一番距離感が近いように感じた。


 紹介が終わると葵は作戦の最終確認を始めた。特に誰も疑問を挟むことはなくミーティングはスムーズに終わった。


「行くぞ」


 低い声音で出された葵の声が出発の合図になった。


                   ♥


 予め人気が減る時間を調べていた葵は0時になると雨夜あまやを残して行動を開始した。


「連絡は10分おきに。途切れた場合は近い者が確認に行く」


 葵の言葉を最後にそれぞれが担当になった区域に向かった。


 数日ぶりに訪れる場所だったが、全くと言っていいほどにオレはこの空気に馴染めない。変装のために着用しているスーツがちゃんと馴染んでいるか不安になった。


「似合っているから大丈夫よ」


 内に蜷局とぐろを巻く不安を言い当てられて恥ずかしくなった。それを隠すようにオレは話をずらす。


「よく喋るんですね」


「必要なら喋るわ。変に張りつめていると否が応でも目立つから」


 暗に批判された。とはいえ、橙木とおのぎにしてみればオレは頼りないことこの上ないのだろう。


「前にも聞いたけど、出来る?」


 妙に間を置いた尋ね方だ。この後に控えていることを示しているのだろう。


 正直なところは恐ろしくて仕方がない。見て聞いただけではなく、体に苦痛を刻まれた。今も強く残っていて彼女が求める答えを断言することは憚られる。


「こんな前置きはいらないわね。必ずりなさい」


 オレはその言葉に目がくらみそうになったところで橙木とおのぎにぶつかった。理解できずにいるオレに彼女は「振り向くな」とだけ言った。


 顔は見えなかったが、体から放たれる緊張感が増したように見えた。


 もう間もなく、戦いが始まるのだとすぐに分かった。


 橙木とおのぎは数日前に調査を終えていたこともあって迷いのない足取りで人気のない場所に向かった。更に葵たちに向けて念のために援護の手配を済ませた。


 大通りと細道を抜けながらゆっくり人気のない場所に向かっていく。そこである疑問が芽生える。


「堂々と向かった方がいいんじゃないですか?」


「ここで暴れられたらどうやって隠すの?覆いをかけることが出来る範囲にだって限界があるのよ」


「バレてしまったら元も子もないでしょう」


「仮にここで見逃しても近いどっちかがる」


 葵や小紫こむらさきたちならば確かに吸血鬼を殺すことは容易だろう。だが、見失ってしまえば余計な犠牲者を増やすことになる。彼女たちはこの問題への対処方法は考えているのかと疑問が新たに沸く。


「倒すことは重要なことよ。でも、終わってしまえばそれは果たせない」


 1時間ほど歩き続けたところで橙木とおのぎが動いた。


「前に行って、次を右に曲がって」


 遂に動くのだと思うと体に緊張が走り手に汗が滲んで、口の中が酷く乾いた。


 ビルとビルの間に入るとオレは橙木とおのぎの方に引っ張られる。壁に体が固定される寸前で彼女と目が合った。


 突然の事態に現実を認識できなかった。やった張本人はその限りではなかったが。


 橙木とおのぎがオレの耳元に顔を近づける。ローズと思われる匂いが鼻腔をくすぐった。


「左は見ないで。私だけを見ておきなさい」


 囁くほどに小さな声であったにもかかわらず妙な威圧感があった。


 オレはなされるがままになっていたが、足音を聞いて意識が向きそうになって脇腹をつねられた。


 直後に橙木とおのぎが動いた。目線を少し下に逸らすと彼女の左手に銃が確認できた。


 一瞬の躊躇もなく彼女はトリガーを引く。喧騒にかき消されて銃撃の音はほとんど聞こえなかった。


 オレはその光景を現実感がないままに見ていた。直後に漂ってくる硝煙の臭いも現実感がない。


「終わったわ」


 銃弾が飛んだ方に目を向けると男が倒れていた。橙木とおのぎは男の体に近づくと足で小突いてうつ伏せに倒れていた体を仰向けにする。


 覗き込むと虚ろな目とぶつかった。左胸には風穴が開き、鮮血が止めどなく流れている。


「どうして分かったんですか?」


「こいつらにも法則性があるのよ」


「法則…ですか?」


 おうむ返しに尋ねたオレを橙木とおのぎが一瞥した。


「狙う人間、行動パターンが代表的よ。更にそこから大別することが出来るわ。少年だけを狙う、好きな色を身に着けている人間を狙うとかね」


「それに」と言葉を続ける。


「こいつらの影には共通して心臓のある場所に穴があるのよ。理由は分からないけどね。あと、人間とは違って鉄臭いのよね。血を吸いまくっている影響だって話を聞いてるけど」


 実際のところ、影は注意深く見ていないと見分けることは困難。匂いも香水を使って誤魔化すことが出来るため見分ける手段としては弱い。一朝一夕で身につけられる技術ではない。


 話をしながら橙木とおのぎは死体を引きずって奥に移動を始める。ここだけを切り取っても慣れていると受け取れる手際の良さだ。


「今の吸血鬼は何に反応したんですか?」


「影で判断。ネオンの下に居てくれて助かったわ」


 死体を最奥まで引きずると橙木は口をこじ開けて小さなチップを入れた。人通りがほぼない場所とはいえ死体をこのまま放置して大丈夫なのかと問いたくなった。


「これについては問題ないわ。上から圧力をかけてあるからこれが見つかってもこっちの手元に渡ってくる。それに情報統制をするのは日常茶飯事だから何の問題もないのよ」


 オレが疑問に思っていたことを先読みしたように的確に言い当てられた。


「ポーカーフェイスをしろというつもりはないけど、少しは気を付けなさい。いらないところで足元を掬われるわよ」


 葵や小紫こむらさきなら微笑の1つでも浮かべそうなシーンでも橙木とおのぎはピクリとも笑みを浮かべない。ただ黙々と死体の処理を1人で進める。

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