第27話 血戦3(九竜サイド)

 終わるやすぐに橙木とおのぎは部屋を出て行った。今日もまたトレーニングをするのだろうと身構えていたところで彼女が振り向いた。


「時間はあるかしら?」


 何を聞かれているのか分からず戸惑っていると語気を強めて同じ質問をされた。断る理由はなかったため「ある」と答えた。


 彼女はトレーニングルームに向かわずそのままビルを出た。


「何処に行くんですか?」


「仕事よ」


 行き先を告げないことはこれまで通りだから文句を言う気は既にない。


 駅まで移動すると一緒に電車に乗り込んだ。それから1本乗り換えて新宿で降りる。足取りに迷いはなく、背筋を堂々と伸ばしながら歩く姿は橙木とおのぎという少女の性格の一端を示すには十分な姿だ。


 彼女は端末に地図を表示すると歩き始める。人込みで見失わないようにオレはいつも以上に必死になって追いかけた。


「ここよ」橙木とおのぎが見上げる先に視線を向けるとネオンに彩られる夜の街がそこにあった。勿論足を踏み入れるのは初めてで足が竦んだ。横目で彼女を見ると全く臆する様子はない。


「夜の仕事はしてないわよ」


 聞いてもいないのに弁明された。彼女の性格的に客は寄り付かないという突っ込みは口に出した瞬間に殴られるため胸に仕舞う。


 夜の街は想像していた以上に不気味だった。


 行きかう人々の目はぎらついていて何を考えているのか分からず直視することが躊躇われた。

 更に行く先々で客引きにあった。オレは初めてということもあって恐ろしくて仕方なかったが、橙木とおのぎは何度も足を運んでいるのか相手を刺激しないように見事に断っていた。願わくばこの態度で接して欲しいと思ってしまった。


「…1つ聞いていいですか?」


「下らないことなら答えないわ」


 橙木とおのぎはまだ何も言っていないにもかかわらず予防線を張ってきた。


「隊長は、その…」


「そうよ」


 オレの疑問に彼女は迷いなく答えた。本音は違うと言って欲しかったが、ここまで勢いよく断言されては反論の余地はない。


「気になる?」


「え?」と返された言葉に一瞬呆気にとられた。


「ずっと吸血鬼殺しなんてやっている私が従っている理由」


 聞いてほしい。表情は物語っていなくても言葉は如実にSOSを発信している。無視することは出来ない。


「正義の基準って何だと思う?」


 これまた唐突なことを思いながらもオレは「規則」と答えたが、実際のところはよく分からない。定義が広すぎる。このやり取りをしていると上梨や小紫こむらさきとやり取りをしているような感覚が蘇る。


「ありきたりね。もう少し違う答えが聞けると思ったのに期待外れ」


 答えをバッサリ切り捨てられて気持ちが沈んだ。橙木とおのぎに答えを求めようとしたところで口を開いた。


「力だけよ。この世界で正義足りえるものは」


 振り向き、手をピストルの形に変えて自分のこめかみに当てる。


「守ることにだって使うことが出来ます」


「傷つけ、殺すという結果に変わりはないわ」


 橙木とおのぎの顔を見ていると僅かに唇が震えている。


 遠い日の出来事でも見つめるような目で彼女は続ける。


「負けた後で言われたことよ。アタシはお前たちを利用する、お前らもアタシを利用しろと。そのときに理解したわ。こいつには勝てないって…」


 橙木とおのぎの瞳が翳るが、彼女は言葉を続ける。


「だから、願いを持つ。振り回されず、逆に振り回すだけの力を」


 琵琶坂びわさかが言っていた『倫理を超えるための力』という言葉を思い出した。同時に橙木とおのぎが「ヴァルキリー」と呼称される兵器を手にしていることも。


「先輩は、何を願うんですか?」


「これ以外の生き方なんて知らない」


 その口ぶりから察するに、吸血鬼を殺し尽くすということなのだろう。


 オレから顔を逸らすと橙木とおのぎは歩みを再開する。突然の行動だったため驚いて追いかける。


「世界に血と銃しかないとしたらどういう生き方になると思う?」


 答えを聞く前に話を続ける。今は話を続けさせる方が吉と判断して余計な口は挟まない。


「私が居たのはそんな世界。だから、願いはずっと同じ。殺して、殺して、殺し尽くす。私を打ち負かした相手でも、いつの日か…」


 吸血鬼を滅するために吸血鬼の力を利用するという矛盾。


 橙木とおのぎはどう折り合いをつけているのか或いは目を背けているのか。


 聞きたくはなったが、その綻びに触れてしまうと彼女の何かを壊してしまう。それほどに彼女にとって従うことが本心では屈辱以外の何物でもないのだろう。初対面に等しいオレに愚痴をぶつけてしまうほどに仮面を被ることの負担は大きいと分かる。


 しかし、これまで近づき難い雰囲気はあっても自分と同じ存在として見れていた橙木とおのぎが自分の知っている存在とは別の存在になった。

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